「愛の旋律」

アガサ・クリスティー「愛の旋律」ハヤカワ文庫

アガサ・クリスティが別名義で発表した、ミステリではない小説。
クリスティの人生に波乱が起きた後に書かれた長編で、ドラマチックで面白い。
渾身の出来に、さまざまな思いが浮かびます。

原題は「巨人の糧」で、天才は才能にすべてを捧げつくすといった意味合いが主で、さらに二重の意味も‥
オペラ劇場で画期的な新作「巨人」が公演され、評判となるプロローグ。

さかのぼって、作曲家ヴァーノン・デイアの子供時代から。
幼いヴァーノンは内気で、空想の友達と遊んでいました。
みごとな邸宅でナースと女中達に囲まれ、裕福に育ったのですが。
実は父は邸宅を維持するために結婚し、母は留守がちな父をなじり、喧嘩が絶えない。
生命力豊かで美しいが夫を理解しない、やや愚かしい母親。この母のイメージがいささか強烈ですが、この後に出てくる人たちも皆どこかで、愛しても思うようにならない葛藤を抱えることになるのです。

奔放な従妹のジョーと、隣人のセバスチャン・レヴィンが親友となり、3人の長い付き合いが続くことになります。
幼馴染のネルが美しく成長し、社交界で結婚相手を探していました。ヴァーノンと恋に落ちますが、ネルの母は借金を抱えていて‥
ヴァーノンは就職しましたが、それでは自分の実家を維持する費用もないのです。

子供の頃は音楽が苦手だったヴァーノンは、実は天才だった。
すべてを得ようとして得られず悩む彼の前に、ジェーンという年上の女性が現れます。
自由な生き方をしている才能ある歌手なのですが、オペラを歌うには声が細く、喉をつぶす危険を冒していました。
裕福な相手とヴァーノンの間で迷うネル。
ネルとジェーンの間で揺れる運命となるヴァーノン。
そして、第一次世界大戦が‥
行方不明になったヴァーノンは‥?

評判のテレビドラマ「ダウントン・アビー」と近い時代なので、似たモチーフもあり、服装は大体ああいう格好ですね。
アガサ・クリスティは、家庭でユニークな母(ただし夫婦仲はよい)に教育を受け、内気な子供だったよう。オペラ歌手を目指していた時期もあり、天才を目の当たりに見た経験もあるのでしょう。

夫の愛人発覚、自身の一時的記憶喪失、離婚、再婚という波乱を経て、登場人物のいろいろな面に経験を生かしているようです。
ミステリでは描ききれなかった思いがほとばしるよう。
あるいは、作家としての成功が夫との亀裂を招いたという思いもあるのかも‥
(ハンサムな最初の夫とはあまり共通点がなく、クリスティの作品ではハンサムな男性はたいてい悪党なのはそのせいかもしれません?!)
めでたく再婚した年に発表された小説ですが、書かれたのはもっと前でしょう。
ハッピーエンドとは言い切れないのですが。オーケストラのように盛り上がる構成に、苦難を乗り越えて生きていく力強さも感じられます。

「アクナーテン」

アガサ・クリスティー「アクナーテン」ハヤカワ文庫―クリスティー文庫

古代エジプトを舞台にした戯曲。
ミステリではなく、有名な王アクナーテンの生涯のポイントを描いたもの。

多神教が信じられていた古代エジプト。
中でもアメン神殿が王をしのぎかねないほどの大きな勢力を持っていました。
アクナーテンの母である王妃ティイは、神官の横暴に不信を抱きつつも権力を守るために神殿と結びつき、息子の純粋さを心配しているところから始まります。
軍人のホルエムヘブは信仰心は薄く現実的でまったく違うタイプですが、まじめさに通じるところがあり、アクナーテンは親友と思うほどになります。

王位についたアクナーテンは、太陽神であるアテンのみを信じる一神教とし、遷都して芸術家を集め、皆が愛し合う平和で美しい都を築こうとします。
外敵に襲われた属国や友邦に援軍を送ることを拒み、大罪人も厳罰を与えずに穏やかに反省させようとするアクナーテン。
エジプトは混乱し、次第に衰退していく‥
美しい王妃ネフェルティティは夫を愛し続けますが、夫の宗教観を理解はしきれない。
貴族の少年ツタンカーテン(後のツタンカーメン)はネフェルティティの次女と結婚し、後継者となるのですが。
忠実だったホエルムヘブはついに耐え切れなくなり、王の暗殺を決意。
ネフェルティティの姉妹は野心家でホルエムヘブの妻となることを選び、後に王妃となるのでした。

ホルエムヘブが軍人から王になったのは史実で、第18王朝の最後の王。
アテン神信仰を異端としてアクナーテンら4代の事績を抹消したため、正確なことがわからないんですね。
そのあたり、空想を膨らます余地もあるという。

アクナーテンは、一神教をおこしたことでキリスト教社会では人気があるそう。なるほど。
紀元前1350~1334年頃の在位。
キリストの早すぎた先駆者といったところでしょうか。
(日本人にとっては、多神教を信じる庶民感覚もわかる気がするんだけど)
この時代についてはクリスチャン・ジャックの「光の王妃 アンケセナーメン」が詳しく、面白いですよ。アンケセナーメンは少年王ツタンカーメンの妃になった王女です。

アガサ・クリスティは考古学者マックス・マローワンと1930年に再婚。
この作品は1937年に執筆されていたが未発表で、1973年に刊行されました。
気に入っている作品だそう。
個性豊かな歴史上の人物をいきいきと描き出した筆致は乗っていて、気に入っていたのはわかる気がします。

「ゴルフ場殺人事件」

アガサ・クリスティ「ゴルフ場殺人事件ハヤカワ文庫

ポアロもの2作目。
1920年の「スタイルズ荘の怪事件」、1922年の「秘密機関」(トミーとタペンス物)に続くアガサ・クリスティ1923年の作品。
珍しく、フランスでの事件となっています。
パリ警察のジローも、ポアロのライバルとして登場。
ヘイスティングズの恋愛も含め、ロマンチックな要素も多いほうです。

旅先のフランスから戻る途上に、シンデレラと名乗る魅力的な黒髪の女の子に出会ったヘイスティングズ。
ポアロが南米生まれの大富豪ルノーから依頼を受け、フランスへ一緒にとんぼ返りすることに。
ところが富豪は既に殺されていた‥!
奇妙な現場の意味は‥?
パリ警察のジロー刑事は現場の証拠を重視するタイプで、地面をはいつくばって遺留品探し。
心理や推理を重んじるというポアロと、互いに火花を散らします。

ルノーの未亡人はとてもしっかりした女性。
隣家に中年とはいえ印象的な美女が住んでいて、ルノーの屋敷に出入りし、愛人と疑われていました。
隣家の娘のマルトがまた美しい金髪の娘で、ルノーの息子のジャックと恋仲らしいと気づくポアロ。
しかも、この事件の展開には、なぜか覚えがあるような‥
そして、ジャックはとうに船に乗って南米へ向かったはずでしたが‥?

まだ30そこそこの若いアーサー・ヘイスティングズが、綺麗な娘にはすぐポーッとなってしまう。
名探偵で年上の友人ポワロとは同居中ですが、からかうようなものの言い方にむっとしたり、奇妙な行動に振り回されたり。
シンデレラと思わぬ再会をしたヘイスティングズは、探偵としては大へまやらかしますが、若気の至り?
本命の女の子が元気いっぱいでまだ20歳前、まじめなヘイスティングズとはやや意外な取り合わせですが~自分にないものを求めるのかな。
「秘密機関」のタペンスが好評だったこともあり、活発でキュートなのが当時好まれた若い女性像なのかしら?

アガサ・クリスティの初期作品を発表順に読み返しています。
これが3冊目とは思ってませんでした~。
前に自分が読んだのは3番目じゃないからだけど。
かなり地味な印象を持ってましたが、案外そうでもない?
今の感覚からすると書き込みは少ないけど、一言の意味をポアロが慧眼で鋭く推理する面白さがあります。
コミカルだったり、暗い過去が絡んだりと、色々な要素が程よく入っていて、飽きさせずにどんどん進みます。

タイトルが地味なのよね。
ゴルフ場は事件現場ですが、ゴルフは無関係。
原題はもう少し含みがあると思うんだけど‥?

「秘密機関」

ハヤカワ文庫(クリスティー文庫)

アガサ・クリスティの初期作品を読み直してます。
トミー&タペンスもの。

デビュー作につぐ2作目とは気づきませんでした。
読んだのは、だいぶ後だったと思います。
デビュー作で有名になったためか、このほうが明るくて広範囲の読者を獲得出来たのか、売り上げは倍増だったとか。

戦争が終わって平和になり、活気づくロンドン。
この戦争というのが第一次世界大戦。
1922年の発行ですからね~。
幼なじみのトミーとタペンスが、ばったり再会し、仕事がない二人で会社を始めようと「ヤング・アドベンチャラーズ」を名乗ります。

トミーこと、トーマス・ベレズフォード。
見た目は平凡だが感じが良く、冒険心はあるけれど真面目でしっかりした青年。
タペンス(2ペンスという意味)はあだ名で、本名はプルーデンス・カウリー。
大きな灰色の目で、勘が良く、いたずら小僧のような雰囲気があるキュートな娘。

新聞広告をタイムズ紙に載せた所、反応があり、事件に巻き込まれていきます。
とっさに名乗ったジェーン・フィンという名が波紋を起こすのです。
1915年に、汽船ルシタニア号がドイツの攻撃を受けて沈没。
そのときに、機密書類を受け取ったのがジェーン・フィンでした。
行方の知らないジェーンを捜すいとこジュリアスも登場。
これは写真でしか知らないジェーンに恋しているアメリカ人で、富豪なのです。

情報局員のカーターと情報を交換しつつ、トミーは怪しい男を尾行して邸に入り込み、秘密の会合を目撃します。
国際的な陰謀が行われている様子。
タペンスは、怪しいと睨んだ夫人の元へ、メイドとして潜入。
教会大執事の娘であるタペンスは、女中に家事を仕込む立場だったので、お手のものでした。
その建物のエレベーター・ボーイとも、すぐ仲良くなったり。

ユーモラスな書き方で、スリルもほどほどに。
携帯どころか、まだ電話も、すべての家にあるわけではない時代。
用事の連絡は電報!という。
レトロなテンポで~素人探偵が活躍。
ポワロもののような綿密さはありませんが、コメディ映画を見るような気分で、楽しく読めます。

そういえば、ドラマもテレビで見たかも…
タペンスはフランセスカ・アニスだったそうで~原作に美人ではないと書いてある割には大美人だけど、チャーミングにいきいきと演じていました。

この版は、2003年の新訳によるもので、一番新しい装丁。

「スタイルズ荘の怪事件」

アガサ・クリスティ「スタイルズ荘の怪事件」ハヤカワ文庫

エルキュール・ポアロ登場。
アガサ・クリスティの処女作です。
最初から読み直そうかと思いまして。
既に上手いもんですね~!
さすが歴史に残る名作です。

疾病休暇中のヘイスティングズは、30歳。子どもの頃に泊まったことのあるスタイルズ荘に招かれます。
古い知人のジョン・カヴェンディッシュは45歳。2年前にメアリと結婚して、スタイルズ荘に住み、地方の名士として暮らしていました。
ヘイスティングズは、美しいメアリに強い印象を受けます。
スタイルズ荘はジョンの父が再婚した妻エミリーのために建てた物で、遺言で妻に残していました。
ジョンと弟のローレンスにとっては不本意な遺言だったでしょう。
エミリーは寛大な義母ではありましたが、仕切り屋で、人に感謝されるのを好むタイプ。

そのエミリーが再婚したと聞いて、驚くヘイスティングズ。
相手のアルフレッド・イングルソープは、70過ぎのエミリーよりも20歳以上年下で、財産目当てかと誰もが思うほど。
エミリーの長年の友人は、再婚が気に入らず、屋敷を出て行きます。
鍵のかかった部屋で寝ていたエミリーが、夜中に発作を起こして死んでしまう。
毒殺か…?
すぐ疑われたイングルソープには、アリバイがあった…
旧知のポアロと出会ったヘイスティングズは、捜査を依頼します。

1920年というのがすごい。この作品で、以後のミステリの歴史が変わったんですよね。
その割には、古さを感じません。
わかりやすく、ポイントを押さえた展開。
今読むと、ある意味普通かも知れないけど…
これ以後のミステリが、こういう設定や雰囲気に則って書かれているからね。

第一次世界大戦終結間際の設定で、ポワロはベルギーからの難民。
もうすぐ定年ということで、後書きには60近いのではと書かれていますが、どうでしょう?当時の定年はもっと早いのでは…
卵のような頭の形、口ひげを大事にしていて、緑色の目がきらめく、几帳面で天才肌の奇妙な小男の個性は、既にはっきりしています。
急に走り出したり、喜んで躍り上がったりというあたりは、後年の作品よりも若々しい。
若い女性に、何だか可愛いとか言われていて。

ヘイスティングズの一人称によるユーモラスな語り口も楽しい。
ポワロとは対照的に~いかにもイギリス的な(たぶん)真面目で控え目だけど、やや皮肉な性格。
30歳というのは、このときのクリスティ自身と同じ年頃の設定なんですね。

これは2003年発行の新訳。
以前のを正確に覚えているわけではないのだけど、微妙に読みやすいような気がしました。

アガサ・クリスティは1890年生まれ。
24歳の時に結婚してクリスティ姓に、1920年にこの作品でデビュー。
1926年に失そう騒ぎを起こし、28年に離婚。30年に考古学者と再婚。
1976年に亡くなるまで100を越す作品を発表し、世界中で読まれ愛され続けています。

「アガサ・クリスティーと訪ねる南西イギリス」

津野志摩子「アガサ・クリスティと訪ねる南西イギリス」PHP研究所

パディングトン発の列車でイギリス南西部へ。
80年代半ば以来、一家3人でイギリス在住10年の著者が、自らの英国体験を語りつつ、アガサ・クリスティにちなんだ名所を廻ります。

アガサ・クリスティはデボン州の南部で生まれ育ち、その近辺をよく作品の舞台に取り上げていたんですね。
気温が温暖で風光明媚な土地柄は、イギリス人にとっても憧れだそうです。
クリスティが生まれたのは海辺の街トーキィ。1890年のこと。
お人形の家をつかっての引っ越し遊びが好きだったという幼い頃のエピソードなども。

トーキィ郊外のセント・メアリ教会のステンドグラスは、クリスティが寄贈したものだそうです。
トーキィ博物館の一角にある記念堂は意外に小さく、地味。
それは遺族の意向で、商業主義に走らないようにという意図だそう。
90年代半ばから、少し風向きが変わったそうですが。

晩年の家グリーンウェイ・ハウスには、今も娘さんロザリンド・ヒックス夫婦が住んでいる。
白亜のお館なんですよね~。
一角で花の苗などを売っているし、年に何度か庭園を公開するとか。
生誕100周年を記念して開発されたアガサ・クリスティと名付けられた薔薇もあるそうです。

「死者のあやまち」に出てくるナセ・ハウスは、このグリーンウェイ・ハウスがモデルだそうです。
もとは16世紀の提督の屋敷があった土地で、今の建物はハノーヴァー王朝時代に立て直された物だそうですが…1714年から1830年の間て…長すぎるっ。
ロザリンドさんは、クリスティに生き写しだそうです。
時々訪れるマシューは、クリスティただ一人の孫だとか。

ダートマスは、中世の雰囲気の漂う街。
「無実はさいなむ」ではドライマス、「死者のあやまち」ではヘルマスとして登場。
トットネスも中世から栄えた城下町。
ダートマスよりも自由な雰囲気があるそうです。
フリーマーケットでは中世の衣装をつける習慣だとか。

インペリアル・ホテルはトーキィにあり、100周年の時に、ポアロ役の俳優とミス・マープル役の俳優が歴史的な顔合わせをしたそうです。
作品上ではマジェスティック・ホテルと呼び、「書斎の死体」「スリーピング・マーダー」「邪悪の家」などで登場させています。

バー島は、「そして誰もいなくなった」の舞台として有名。
満潮になると、孤立する島ですが、引き潮になると歩いて渡ることも出来るというユニークさが魅力。
1930年代の音楽で踊るダンス・パーティが毎週末に催され、皆当時の衣装を着て集まるとか。

田園も、薔薇の花咲く庭園も、写真がいかにもそれらしくて美しい。
建物も庭も~大事にされている雰囲気が伝わります。
ミス・マープルのような女性は、どこの村にもいるとか?
モデルは特定の村ではないそうですが、ハンプシャーのどこかにあるという設定だそうで。
魅力的な村がモデルと思われて日本人観光客が殺到したこともあるとか。
観光案内も巻末に。
1997年の発行なので、実際に旅行するには情報が古いかも知れませんが。
肩の凝らない読み物になっています。

「複数の時計」

アガサ・クリスティ「複数の時計」ハヤカワ文庫
1963年というクリスティにしては晩年に近い作品。
ポワロ物ですが~登場は後半。

ドラマを見たら原作と違うようだったので、再読しました。
そう探偵役というか語り手が~コリン・ラムだったよね。
レイス大佐の息子の人格に疑いがかかるような改変でした。不自然に思えた部分はほぼ改変。まあ、さらっと見ればいいんだけど。

高齢で盲目の女性ペブマーシュさんの所へ、秘書斡旋会社から派遣された若い女性シェイラ・ウェッブ。
名指しでの依頼で、入って待っているように言われた部屋には、時計がやけにいくつも置いてありました。
そして、ソファの陰には、男性の死体が!
悲鳴をあげて飛び出してきたシェイラを受け止めた若い男性コリンは、ある仕事の捜査に来ていたのでしたが…?

ウィルブラーム・クレスントという~三日月型に2列に並んだややこしい家並み。裏庭が接しているのです。
クレスントとは、新月の意味。クレスントというのは実際に幾つかある地名らしい。

見えそうで見えない隣近所。
ペブマーシュさんは、秘書を依頼したことはないという。
男性のことは、近所の誰も見たことがない…
各家の住人達の個性が面白いんです。
猫を14匹飼っていて、猫のことしか見ていない隣人とか。
男の子二人の子育てに疲れ切っている主婦とか。

たまたま警部と友人だったコリン・ラムは、捜査にも同行しています。
シェイラへの好意をからかわれつつ。
半ば隠退して、退屈しているポワロに、連絡を取ります。ヘイスティングスは何と、南米に行ってしまったとか。(これは忘れてました)
さて、ポワロの推理は?!

後書きは、脇明子さん。
巻末の著作リストが、親切でわかりやすいです。

「親指のうずき」

アガサ・クリスティ「親指のうずき」ハヤカワ文庫

クリスティの探偵役の中でも元気な、トミーとタペンスもの。
トミーとタペンス(あだ名)のカップルは1922年登場、その時はまだ結婚前でした。
1968年発表の本書では、すでに初老。
「あの二人はその後どうなったの?」という読者からの質問に答えて、書かれた作品です。

子供は巣立ち、孫も出来て、夫のトミー・ベレズフォードはまだ仕事仲間OBとの会合などがあるが、妻のタペンスは暇をもてあまし気味。
夫の叔母エイダが老人ホームで亡くなり、遺品の整理に行ったタペンスは不審に思います。
叔母に絵をくれたランカスター夫人に連絡を取ろうとしたら、どうしても行方が知れないのです。
ランカスター夫人は前に会った時に「暖炉の奥にある死体はあなたのお子さんなの?」といった発言をしていたため、捨て置けないと感じるのでした。
しかも、その絵に描かれた家に見覚えがあるタペンスは、記憶をたどって車を飛ばし、ついにサットン・チャンセラーという村までたどり着きます。
一見平和そうな鄙びた村に隠された事件とは…

トミーとタペンスのシリーズは、本格ミステリというよりは冒険物で、描写は軽めのタッチ。
この作品は、久しぶりに事件解決に乗り出した主婦のタペンスが右往左往しながら、出くわした人から事情を突き止めようとする様子が臨場感ありますが、ミステリとしてはやや冗長なところも。
一方、別ルートで夫もしだいに調査に参加する展開でした。

最近のドラマ化では、トミーはほとんど出てこない代わりに、ミス・マープルも参加する話になっていて、1968年よりは前の年代に設定してあったようです。
米軍が駐留をやめて帰国するというんですから1945年のちょっと後?
牧師さんとお墓で話すシーンやそこの教会で花を生けているのを見るシーンなど記憶にあり、視覚的にはイメージに合っていましたが、人間関係がだいぶ変わっていました。でも、まあ許せる範囲内かなあ…

タペンスは中年ですが、原作よりはやや若く、まだ女っぽいんだけど目の下にはくまが濃い~なんと軽いアル中?というぐらいの酒飲みになっていました。
ミス・マープルと意気投合して夢中になって事件を追ううちに、しだいに元気を取り戻し、大人のかわいさを見せてくれました。
グレタ・スカッキは若い頃は悪役もやったちょっときつい感じの美人女優さんですが~感じのいい演技でしたよ。

「スリーピング・マーダー」

アガサ・クリスティ「スリーピング・マーダー」早川書房

1976年発表の作品。
ミス・マープル最後の事件として知られるが、クリスティが筆力が衰えないうちにと前もって用意して置いた物なので、事件の起きた年代はもっと前と考えられます。
リムストックの事件(「動く指」のこと)に言及されているので、1943年より後なのは確実。

ニュージーランドで育った若妻グエンダがイングランドに来て、新婚夫婦で落ち着く家を探します。これだと思った家には、見覚えのある壁紙が。
さらに、階段の手すりの間から恐ろしい光景を見たという記憶が…
このへんの書き方もすごく上手い。
調べてみると、初めて来たと思っていた母国に、幼い頃にも一度来ていたらしいことがわかります。

18年前、この家で何があったのか?
グエンダはレイモンド・ウエストの従妹にあたるという設定だったんですね。これは忘れてました。
継母の行方不明、父の不審な死、関係者それぞれの視点で見た思いこみ…
眠れる事件を起こして、全てを見抜くのはマープル。
念を入れて書いたのでしょう~バランスの取れた作品ですね。
新しい文庫では、解説が恩田陸になっていて、これもさすがに納得のいく書き方で楽しかったですよ。

最近のドラマ化では、過去の事件はだいぶ大がかりな物になっていました。
なんというか~人物像の改変がちょっとねえ…原作通りでも十分見応えある内容だったと思うんですけど?
原作にない劇団の様子は結構、視覚的に華やかで面白かったです。設定は違うけど、好感の持てる脇役がすてきでした。

「動く指」

アガサ・クリスティ「動く指」早川書房

BSで放映されたドラマを見る前に、読んでみました。
1943年の作品。探偵役はミス・マープル。
最近のは暗赤色の背表紙で、クリスティ文庫として刊行されています。
私が持っているのは赤い背表紙の文庫(イラストは真鍋博)ですが、もう紙の色が茶色っぽくて読みにくいので、おいおい買い直すつもり。

語り手のジェリー・バートンは飛行機乗り。
第二次大戦で負傷し、リハビリ中は田舎でのんびり暮らすように医者に勧められて、妹ジョアナと共にリムストックで家を借りることに。
都会派の兄妹が、時に忘れ去られたかのような田舎町へ。
しかし、匿名の手紙が舞い込み、田舎も平和ではないと知ります。嫌がらせを笑い飛ばして最初は面白がった2人ですが。

シミントン弁護士の継娘ミーガンは、学校を出てから何もせず、20歳近くなってもおしゃれっけもなく反抗的で、母親の再婚相手と年の離れた弟たちのいる家庭で浮いていたのでした。今ならニートってとこでしょうか。当時は別に勤めなくとも~女らしくしていれば目立たなかったでしょうが。
ミーガンと親しくなったジェリーは、半ば放置されているミーガンの扱いに憤慨し、かばうようになります。
匿名の手紙が町中に届き、しだいに空気は険悪に。ひどい内容の手紙を受け取ったミーガンの母が自殺してしまうのです。
牧師夫人の元に滞在していたミス・マープルの鋭い目が光ります。

ジェリーとミーガン、妹ジョアナとグリフィス医師の二組の恋模様が楽しい~ロマンス色の強い作品。
ベスト5に入るほどではありませんが~マープル物らしい特色もあり、読み返した回数ではベスト10に入るかも。

[犯人はゼッタイ書きませんが、ややネタばれ含みますので~これから見る人はご注意!]
ドラマは、原作にない大佐の自殺で始まり、これでマープルが村に来たことになってますが、さほど必要性が感じられなかったな…
このシリーズでは、かってはタブーだったことを強調した改変は多いんですが。
ジェリーの負傷の理由が、バイクで自殺を図ったためと一捻りされていました。戦争から無事に帰っても精神的に参っていたわけで、まあ、これはありかな…
そのためジェリーの屈折がやや強くなり、お洒落で陽気に見えるジョアナも兄の自殺未遂で実は心を痛めている女性になっています。

中盤は原作通りのセリフが多くて、楽しめました。
歴史ある古い街並みや2人の住む家の可愛らしいこと!
流行の先端を行くジョアナの派手なファッションも見応えあります。
家庭教師のホーランドが普通の美人になっていて、原作通りの方が面白いかな。
ミーガンの野暮ったいはずの服装は、最近のカジュアルなラインからすると別におかしくないですね。ちょっと時代が早いと思うけどファニーフェイスでヘップバーンみたい?
原作ではジェリーがロンドンに連れて行くのを、ドラマではジョアナが綺麗にしてあげることになっていて、まあそれでも良いけれど~ジェリーの対応がちょっとな…
男性が一方的に女性を救うような描き方は避けたのかしら?
細かい改変があまり効果的でないように思えて、ちょっと気になりました。
好きな作品だけにね~俳優のキャラは合ってるし、基本的にはオッケーなんだけど。

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