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おすすめ本

「終わらない歌」

宮下奈都「終わらない歌」実業之日本社

「よろこびの歌」の続編。
高校生だった彼女らが20歳に。
抱える葛藤はリアルで、みずみずしい。

御木元玲は、ヴァイオリニストの母を持ち、高校の頃から歌では群を抜く才能を示していました。
といっても高校は、音大付属の受験に失敗したので普通高校に通っていたのですが。
今度は順当に音大の声楽科の学生となりましたが、優秀な人が集まったクラスでは七番手ぐらいと自覚し、これでどうなるのかと自信を失っています。

同級生の原千夏は進学せず、ミュージカル女優を目指して小さな劇団に所属しています。オーディションに落ち続けて、尊敬する人に「育ちがよすぎる」と指摘されるのでした。
その意味は?

肩を壊しているためトレーナーの勉強を始めた中溝早希。
家を出て遠くの町で働き始めた東条あや。
2年B組で「麗しのマドンナ」をともに歌った仲間達。
それぞれの事情を抱え、内心の不安を抑えつつ、一歩ずつ進んでいく‥

千夏が、同期で優秀な七緒と共に、主役で劇団の舞台に立てることになりました。
もう一人歌が上手い子がほしいと主催者に言われた千夏は、玲と一緒に歌いたいと望むのです。
演技経験のない自分がまさかと思った玲でしたが、いきなりのオーディションで存在感のある歌の魅力を認められて、レッスンが始まります。
そして‥?

悩みは、十分ありうるものばかり。
それぞれに出会いがあり、経験の広がりがあります。
クライマックスはこうでなくちゃという嬉しさ。
丁寧に描かれた成長ぶりに心あたたまり、励まされました。

「よろこびの歌」

宮下奈都「よろこびの歌」実業之日本社文庫

「終わらない歌」を先に読んでしまい、その前作のこちらをやっと読めました。
この本の一章めにあたる短編の「よろこびの歌」は読んでいたのですが。

あの女の子達の高校時代の話というわけで。
とてもいい感じです!

御木元玲は受かると思い込んでいた音大付属高校に落ちて、新設の明泉女子高校に行くことになりました。
母親は有名なヴァイオリニストで、高校受験に特別な準備は要らないと言っていたため、どこか軽く見ていたのだろうと考えています。
母親へのコンプレックスと葛藤、つまらない毎日。
目的を見失い、高校とは別に声楽の勉強をする予定だったのが、そんな気にもなれなくなってしまう。
孤高の雰囲気を漂わせた玲を、クラスメートは遠巻きにしていました。

校内声楽コンクールで、御木元玲に指揮をやってもらおうという声が上がります。
玲の才能はちょっとした指導にも現れますが、専門的に過ぎるやり方についていけないという生徒も。
だが、マラソンに苦戦する玲を見ていた彼女らは、一人二人とあの歌を歌って声をそろえ、玲を応援します。
その声を聞いた玲は‥

どこか他と違う玲へ向ける級友のまなざし。
小柄で元気な原千夏は、うどん屋の娘。音楽をやりたかったがピアノを買ってはもらえない環境でした。
音楽室で玲に歌を教わるようになり、父の自慢のカレーうどんを玲に食べてもらいたいと思うのです。

中溝早希は、十六にして余生と感じています。
中学ではソフトボースのエースだったのに、肩を壊したからでした。

牧野史香は、人には見えないものが見え、それを伝えようか迷います。
思い切って伝えたとき‥?

里中佳子は、南君に初めて家に呼ばれた後、ふったのかふられたのか‥
いきなり地下の核シェルターを見せられて驚き、引いてしまったのです。
自分には取り得がないと感じている佳子ですが‥

周りを見ていなかった玲も、少しずつそれぞれの事情や気持ちに気づいていく。
教師の浅原は、もう一度、玲を送り出すために合唱しようと皆に声をかけるのでした。

それぞれの事情がわかりやすく、悩む様子もはっきり描かれ、切なさとさわやかさと共に、情景がすっと入ってきます。
極端な不幸というわけではないのだけれど、当人にとっては人生が変わるような大問題というのがよくわかります。
互いにすべてを知るわけではなくとも、刺激し合い、交差し、時に寄り添う。
こんな時期を過ごせたら、幸せですね。
また音楽を聴きながら~再読したい小説でした。

「終わらない歌」のご紹介はこの次に。
とくに児童書というわけではないんですが、中高校生に読んでもらいたい内容なので、児童書・ヤングアダルトもカテゴリーに入れておきました。

「田舎の紳士服店のモデルの妻」

宮下奈都「田舎の紳士服店のモデルの妻」文藝春秋

会社を辞めた夫と田舎に移り住んだ専業主婦の10年。
宮下さんならではの丁寧な筆致で、こまやかに、淡々と描かれます。
宮下さんの作品では辛口なので、これがあまり気に入らなくても~ほかもお試しを!

梨々子は、結婚して4年。
夫の竜胆達郎は営業部のホープで、付き合って2年半で結婚にこぎつけ、潤と歩人という二人の男の子にも恵まれました。
歩人はよく泣く赤ちゃんで、子育ては大変ですが。
幼稚園のバザーに何を着ていくかで頭がいっぱいの日、夫に会社を辞めると告げられます。
夫がうつだと初めて知った梨々子。
東京にずっと住むと信じて疑わなかったのに~一気に運命は暗転!?

夫の父は小さな工場を経営しているため、落ち着けばそこで働けます。
リハビリと思えばいい、と実家の母。
幼稚園の母友達には、10年日記を餞別に渡され、これからはお茶もできないけど、不満はここに吐き出せばいいと言われるのでした。
都落ちの身と憐れまれた気がする梨々子。

夫の郷里は北陸で一番目立たない県?(おそらく作者の出身地の福井)の県庁所在地。田舎というほど自然が豊かというのでもない。
小さな不満や葛藤を抱えつつ家事をこなし、自分もちょっときれいなだけ(!)で取り柄はないと自覚する梨々子。
とくに善良な人柄ではないけれど、悪い人ってほどでもない。リアルさを出すためなのか、いい子ぶらない冷静な書きっぷりは、共感もてない人もいるでしょうねー。

夫は地元の紳士服店でチラシ写真のモデルを頼まれ、ちょっと嬉しそう。
「なんだ、うつでも嬉しいのね」と思う梨々子。
夫との間のことは詳しく書かれてはいないけれど、この時期でも会話は少なかったのか? 結婚の現実が垣間見えるような。

苦しさが募った頃、若い頃に憧れたグループのメンバーに偶然出会い、会うようになります。
たまにお茶を飲むぐらいの付き合いだけど、元気を取り戻していきます。
深い付き合いに踏み出しかけたとき‥?

上の子・潤は素直で出来は悪くないのですが、小学校があまり面白くないらしいと知って衝撃を受けます。
それに、発達障害という言葉は出ないけれど、歩人はどうやら問題児。
何かと先生に呼び出されることに。
子供達が小さい頃に、梨々子が地元になじめず夫に不満を抱いていたことも、ほんの少しは影響していたのかも?
でも梨々子は、母親としては肝が据わっていて、そう悪くない感じ。
歩人が連れてきた友達の様子がおかしいのを、あたたかく受け入れることができるのだから。
子育て中の孤立感や夫との微妙な関係は、結婚して数年以上たった女性ならかなり共感できそう。

人はみな一人なんだと自覚したことから、かえって楽になるのです。
しだいに、地元にもなじんでいきます。
マンションの隣室の住人で、笑顔になることが少ない原田さんに、病院のボランティアをやらないかと誘われます。
「主役やりたい人は家にいたらつらいやろ」とは、かなり痛烈な言葉だけど。
若ければそれだけでめげそう?
いろいろ乗り越えた梨々子は、ちゃんと役に立つ人間になっていたのでした。
少しずつ人と関わって、少しずつ人生を編み上げていく‥
笑いが増えた家庭に、ほっとする読み終わり。

「窓の向こうのガーシュイン」

宮下奈都「窓の向こうのガーシュイン」集英社

宮下奈都さんはいいですね~。
この作品は、これまでと少し語り口が違います。
それがまたなんともいい感じです。

女の子の一人称で、淡々と語られます。
未熟児で生まれ、子供の頃から人の話す言葉が聞き取りにくい障害がある~19歳の佐古さん。
目立たないので、いじめられるまではいかなかったのですが、友達は出来ないまま。
父親はふいと三ヶ月いなくなったり、母親は部屋を片付けないという育ち。
10歳の頃に、よその家のほうが片付いていて居心地がいい事に気づき、自分から家事を手伝うようになりました。
団地の部屋に寝転がって、拭いた窓を見上げるのが好きだったのです。

就職先がすぐにつぶれてしまい、ホームヘルパーの資格を取ることに。
会話がスムーズにいかないので、すぐに担当替えを申し出られたりしますが。
横江さんの家はなぜか落ち着き、話す言葉も聞き取れたのです。
左半身が不自由な横江先生は、79歳で要介護度1、息子と二人暮らし。
品が良く優しい人柄で、ちょっと茶目っ気があるお爺さん。
認知症もおき始めているようです。

その息子は、額装が仕事で、家の正面が店になっています。
横江先生に「友達になってやってくれ」と頼まれ、戸惑う佐古さん。
思いがけなく、佐古さんはここでどうやら天職にめぐり合います。
午後は額装を手伝うことに。

横江先生の孫は、なんと中学の同級生の隼でした。
確か金髪だった?と思い出す佐古さん。
隼は、祖父の認知症にいたたまれない思いをすることもある様子。
隼も額装をやってみますが、これは向いてない。
そういうこともあるのですね。

「サマータイム」の曲は好きですが、歌詞の意味はぜんぜん知りませんでした。
確かに哀愁に満ちた曲調です。
素直に幸福な情景を思い描いていた佐古さんでしたが。
エラ・フィッツジェラルドが歌う内容は、そういうことだったんですね‥

佐古さんの控えめでユニークな感性。
寂しさもはっきり意識しないで生きてきた彼女が、少しずつ新しいことに目を開かれ、いつしか前に進んでいく‥
静かな雰囲気と、こまやかなユーモア。
心温まります。

著者は1967年福井県生まれ。2004年「静かな雨」でデビュー。
この本は2012年5月の作品。
植田真さんの挿画もすてきです。

「誰かが足りない」

宮下奈都「誰かが足りない」双葉社

さらっと読めます。
切なくて、ほのかに暖かい。

「ハライ」という名のレストランは、煉瓦作りの古い一軒家。
料理が美味しいと評判で、予約を取るのも大変だという。
席に座って、あたりを見回し、空いている席を見て、誰かが足りないのかと思う…
「ハライ」に予約を入れた人物、それぞれの物語が描かれます。

予約1は、北の町から出てきた青年の話。
大学で4年、勤めて4年。
この町を8年間動かなかった人間は、同級生にも少ない。
両親が待っていることを知りながら、帰らなかった。
一時は内定した会社が卒業前に倒産、今は水口商事というチェーンのコンビニで働いているのです。
学生時代から付き合っていた未果子が、ある日突然、他の男と結婚すると知ります。
この町で就職したのは、未果子のことがあったからだったのに。
未果子が美味しいと言っていた「ハライ」という店のことをふと思い出す。聞き流していたが、一緒に行こうと言うべきだったのではないか…?

予約2は、認知症になっている女性。
「最近何かニュースはありましたか」と家族にもよく聞かれるのをあまり好きではありません。
(認の進行ぐあいを確かめるための質問らしい)
夫が亡くなったことを忘れてしまったり、気がついて悲しんだり。
孫娘のあかりと、ハライに行く約束をするが、そのいきさつも忘れてしまう。
ただ、夫とハライに行こうと楽しみに考えるのでした。

予約3は女ひとりで係長になり、何かと尻ぬぐいばかりさせられるのに残業代がつかなくなっている女性。
隣の家のヨッちゃんの車が駐めてあるのに気づきます。

予約4は、引きこもりの青年とその妹の暮らし。
兄は、カメラを回しながらでないと人と話せない。
3年前に母が病気で亡くなってから、人が信じられなくなっていました。
姉が結婚をためらっているのに気づいて、杖か楯のようにビデオカメラを抱えて人前に出るようになります。
高校生の妹は兄を心配し…

予約5は、ブッフェレストランで料理している男性。
よく来る女性客に、本格的に作ったつもりのオムレツを出すと、これはぐちゃぐちゃの失敗作だと言われてしまう。
彼女が疲れている様子なのが気になり…

予約5は、子どもの頃から、なぜか、失敗の匂いに気がつくという女性・留香。
叔父が失踪し、後悔していましたが…
失敗がいけないんじゃない、そこで絶望しなければいいんだ、というメッセージ。
そして、おいしい物を食べましょう☆

2011年10月発行。

「太陽のパスタ、豆のスープ」

宮下奈都「太陽のパスタ、豆のスープ」集英社

結婚2ヶ月前にふられてしまった若い女性がしだいに立ち直り、成長する様子をナチュラルに描いた話。

あすわ(明日羽)は、ベビー服の会社の事務をしています。
結婚の二ヶ月前になって、婚約者の譲さんに「僕たち、合わないみたいだね」とふられてしまう。
いつ頃から別れを考えていたのかと、苦しむことに。

10歳年上の叔母ロッカ(六花)さんは変わり者で、ひょうひょうとしているが、何かと気に掛けてくれます。
ロッカさんの前でわんわん泣いてしまった後、何をやりたいかを全部書き出すドリフターズ・ノートを作るように勧められるのでした。
「食べたいものを好きなだけ、食べる、髪を切る、ひっこし、おみこし」などと最初は書きます。
お祭りが好きらしい。

髪をベリーショートにしたら、会社では誰も触れない。それほど痛々しいのかと思うあすわ。
引っ越しはすぐしようとロッカさんにリードされ、近くの1DKに越します。良く一緒に食事するようになるのでした。
ロッカさんの作った「太陽のパスタ」はトマトが入っていて、アイデアは良いけれど、伸びきったまずい物だったというのが、面白い。
ジュリーのコンサートに行ったロッカさんは「がんばれなくても、ええんちゃう」とジュリーの真似をしてくれる。

「鍋を買う、毎日使う」などとリストは増えていく。
ル・クルーゼの鍋を買うのです。料理の本に載っているものをすべて作ろうとしたのは挫折しますが。
「エステに行く」と書いて、リンパドレナージュ初体験。

会社で一番仲の良い女の子・郁ちゃん(渡邊郁未)とも、微妙な距離感がありました。
週に一度、金曜日には二人だけでランチに行くことにしていたのですが。
楚々として可愛らしい郁ちゃん。
叔母に誘われて出かけた青空市場で、郁ちゃんが豆の店を出しているのに驚きます。とても美味しい豆スープに感心するのでした。
郁ちゃんはどうやって豆を見つけたのだろう。自分にとっての豆はあるのだろうか。

学生時代からの大事な友達・京は美容師で忙しく、気軽には呼び出せない。
本名は京介なのですが、スカートをはいて生きている京です。
とても綺麗で何でも出来るのですが、家族とは上手くいっていない様子。

一人暮らしに慣れ、料理のレパートリーが増えていったり。
家に戻ったときに、有り難みを実感したり。
仕事に新鮮さを感じたり。
あらすじだけでは何ということもなくなってしまいますが、ちょっとしたユーモアをまじえていく具体的なエピソードのつなげ方がうまくて、細部のリアリティがよく出ているのね。
いじいじしたり、駄目さを再認識したり、内心はそう明るくはいられないけれども。
そうそう…生きていく感覚ってこうなんだよね…と納得。
応援したくなります。

初出2008年「青春と読書」
2010年1月単行本発行。
著者は1967年福井県生まれ。2004年デビュー。

「メロディ・フェア」

宮下奈都「メロディ・フェア」ポプラ社

大学を出て故郷に帰り、化粧品会社の美容部員になった主人公・小宮山由乃(よしの)。
母と妹は、どちらもあまり化粧には関心がありません。
特に理系で3歳下の妹・珠美には、考えが甘いとか、見た目だけとか、批判されてしまいます。

華やかにデパート勤めのつもりでいたら、大きな会社は皆落ちて、あまりぱっとしない会社に入り、しかも配属先は小さなショッピングモールの一角。
凄腕と聞かされていた先輩の馬場は、子供がいるために定時で帰るパート。
商品知識はしっかりしているけれど、態度はあっさりしていて、どこがそんなに凄いのか最初はわからないのでした。

ピンクのカウンターの持ち場は暇で、ちょっと離れた赤いカウンターの売り場はにぎわっている様子が見えるのです。
暇な職場は却って辛いと知ります。
厚化粧で毎日、通り過ぎるだけの謎の客もいたり。
お喋りに来て、何も買わない浜崎さんというおばちゃんも、います。
愛想だけは良い由乃は、買いそうにもない客との相手もいとわない。

よその売り場の人から、前にこの売り場にいた社員が美人だったと聞かされます。
急にやめたので自分が配属になったらしいが、そのわけとは?
自分指名の顧客はつかない日が続いて、由乃も焦り出しますが…

幼なじみとの再会。
本社の社員とのやりとり。
辞めた人の登場。
ちょっと面白モチーフを交えつつ、どこにでもありそうな新入社員の成長を描いて、親しみやすい。
重すぎず、さわやかなお仕事小説です。

著者は1967年、福井県生まれ。
この作品は、2011年1月発行。

「スコーレNo.4」

宮下奈都「スコーレNo.4」光文社文庫

骨董店の三姉妹の長女・津川麻子の成長を丁寧に描いていきます。
スコーレとは学校時代のことのような~スクールの原義で、この場合は修行の段階?みたいな。
大人になってからが一番大事なのかも。
中学から4段階に分けて、それぞれの年代の悩みや、出来事。
誰でもどこかしら~共感を覚えることもありそう。

麻子が13歳、中学に入って三ヶ月の所から。
年子の妹の七葉(なのは)とはいつも一緒にいて仲が良いのですが。
七葉がとても可愛くて明るいので、妹に皆の注目が集まるため、比べると地味な自分が人に好かれるはずがないと思いこんでしまいます。
十代前半に身近な誰かに対して、こういった思いを抱く子は多いのじゃないかしら。
末の妹・紗英は小学校に入ったばかり。
無邪気で、幼い可愛らしさいっぱい。

子供の頃は七葉と二人して、父の店の物を眺めるのが楽しみでしたが、いつしか麻子が一人で父に色々見せて貰うようになっていました。
従兄の愼ちゃんも訪れるときには何か見せようと父が楽しみにしていたので、二人は何気なく仲の良い従兄妹同士として近づいていく。
ところが、ある日…?

派手になっていく妹とは、だんだん口を利かなくなります。
仲が悪いという程でもなかったのですが…
語学に力を入れていて、家から遠い、公立の大学。そういう条件で探し、確実に家を出たかったのでした。
申し込まれて彼氏が出来たこともあるけれど、長続きはしない。
これといってやりたい仕事もなくて困るのですが…

卒業して会社勤めをする日々。
輸入貿易会社を選んだのでしたが、最初の研修先が輸入物の高級靴店で、ファッションに興味のない麻子は戸惑います。
靴を熱烈に愛する店員と客の中で、出来ることのない状態。勧められて、べらぼうに高い靴を履いてみて、心地よさに驚きます。
そこに何故か2年もいることに。
初めての出張先イタリアで、美しい靴に吸い寄せられていきます。
それは骨董店で気に入った物を見つけた喜びにも似ていた…

麻子は真面目な性格で、ほとんど人に悩みを打ち明けることがないんですね。
出張に共に行った男性・茅野と、次第に良い感じに。
ゆっくりと進む恋の描写が心地良い。
妹も少し距離がありながら、それぞれにちゃんと成長していたようなのがうかがわれる所もほっとしますね。

「たったひとつの扉からいろいろなものが取り出せることを私は知っていた。
どうしても忘れられないもの、拘ってしまうもの、深く愛してしまうもの。そういうものこそが扉になる」
印象に残った言葉です。

著者は1967年、福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。2004年「静かな雨」でデビュー。
「日常の描写を繊細かつ丹念に積み重ねることで立ち上がる瑞々しさと、人物の真摯さとが魅力」と著者紹介にありますが、その通りですね。
本書は初めての書きおろし長篇。

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