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おすすめ本

「ヘッド・ファースト」

ノーマン・カズンズ「ヘッド・ファースト―希望の生命学」(ヒーリング・ライブラリー)春秋社

著者は、アメリカの高名なジャーナリスト。
国際的な平和活動が目覚ましく、かって日本の原爆乙女をアメリカに招いての治療にも尽力した人物。

難病を克服した体験からの著作も多いんですね。
大学(UCLA)医学部の准教授に招かれ、教授陣と共に、最先端の医学研究プロジェクトに参加、心理的な影響についての研究を進めました。
その10年間の記録です。

子供の頃から何度も、難病を経験している作者。
自分の気持ちの持ち方が大きく影響することを実感してきました。
(難病というほどでもないですが私も十代から長く病気がちだったので、このことはわかる気がします)
肯定的な感情を持つことの大切さを説いた本で知られています。
希望、喜び、感謝、信念など、明るい気持ちのすべて。
それが「笑い」という言葉でタイトルになったため、「笑うだけで薬も要らないなんてバカバカしい」といった誤解や嘲笑を浴びたこともあるそう。

余命宣告を受けると、気力をなくして急激に衰える人がどれほど多いか。
逆に希望を与えられると、明らかに改善がみられたケースも。
医者の宣告を信じない強気な患者が、時間がかかっても完全治癒した例など、枚挙に暇がないんだそうです。
ヘッド・ファースト。つまり、心が先。

医者は、へたに希望を与えておいて予想外に悪化してしまった場合、患者にうらまれたり家族に訴えられたりする場合がある。だから悪い予想をしておいたほうが無難だという考え方があるそう。
大学でそのことは教えられますが、患者に思いやりを持って接するべきだといったことは5分も教えられてこなかった!と。
しかし、医者の態度によって、患者はその病院へ通い続けるかどうかを決めているという。
開業するなら、このことは知っておくべきだと。

具体的な実験や症例研究や、各地の教授や医者、学生らの協力があっての事態の進み方に、感心します。
こういった考え方がその後どれほど広まったのかは、わからないのですが‥
医学のあるページを切り開いたのは確かでしょう☆

ノーマン・カズンズは1912年生まれ。
サタデー・レビュー誌編集長を長くつとめた後に、UCLAへ。
シュヴァイツァー賞を受賞しています。

急なことで

せっかくの休日に驚かせてしまうかもしれません。ごめんなさい。
じつは昨日早朝、父が亡くなりました。

前立腺ガンと診断されてからはかなり長いのですが、高齢なので進行は緩やかでした。
途中かるい脳梗塞もやりましたが、リハビリを頑張って少しずつ歩く歩数を多くし、万歩計をつけて千~2千と歩数を伸ばしていき、80代の数年で一日1万歩を越すようになりました。
母がリウマチなので自分ががんばらねばという気持ちも強かったようです。
何度か母が入院したときは良く見舞いに通っていました。
2年前の春、母がいよいよ助からないと思う頃から、ガンに追いつかれてしまったようでした。

2年前の夏にはガン転移が始まって痛みが強くなり、寝たきりになりました。
母が逝った後に、市立病院で3ヶ月入院、落ち着いたということで老人病院へ移りました。
新しい薬が合ったのと、老人の看護に慣れた人のいる専門病院でのおだやかで明るい環境が良かったらしく、まもなく車椅子に座れるようになりました。
リハビリも頑張って、つかまり立ちが出来るようになり、車椅子の乗り降りを楽に出来るまでになっていました。
転院後1年4ヶ月ほどは、元気になる一方という様子だったのです。

精神的には、だんだん夢と想像が入り混じったような不思議な話をするようになっていましたが、自分がどこにいる誰で家族が誰というようなことはずっとはっきりしていました。
家にある服や作品(素人のです)を売れば高いお金になるというような勘違いや、つじつまの合わない話も、感情的には家族のことを考えてのことでした。
この6月頃から時々熱を出したり、不整脈が一時的にあったり、月に一度ぐらい変調がありました。

11月はじめまで刻み食を食べ、兄嫁が持って行ったシュークリームも平らげる元気さだったのですが。
その後、痛み止めを強くしたら眠っている時間が長くなり、ゼリー食になりました。
火曜日までは食べていました。
火曜日の夜に酸素マスクをつけて少し持ち直したようだったのですが‥

急な電話で駆けつけたときには、もうひっそりと安らいでいました。
「どうしたの」と撫でたらとても暖かくて、顔色もそれほど悪くなくて、一瞬持ち直したのかと思ったほど。
予想より急だったので、実感がわきません。
2年も入院していて高齢なのだから、客観的には急でもないのでしょうが。
母のときは身動きも食事も容易でない状態が長く、もう少し違う延命治療をしていましたし、何度もはらはらしていた後なので、涙涙でしたが‥
父の場合は根が丈夫な人で意思も強くて、生命力がまだありそうに思えたのですが、母より7歳高齢なためか心臓に来ていたようです。
目も悪くなって生きる喜びが減ってしまったから、そろそろこれまでと決めたのか‥
相談していると、「おいおい、そっちじゃないだろ」とか父が口を出してきそうな感じがします。

とうとう親が二人とも‥
ずうっと一緒に暮らし、出来るだけ長い間、家で普通の食事を美味しいと思って食べてもらえるようにと、ここ何年も家事介護が生きがいのようであったのに。
考えているとくらくらしたり、胃がひっくりかえりそうになるので、できるだけ考えないようにしています。
連絡は兄に頼み、兄嫁に相談に乗ってもらいながら3人一緒に何とかやっています。
しなければならないことを少しずつ休み休みこなしていくうちに、日薬で落ち着いていくのでしょう。

猫のストレス?

うちの猫・みゅんの経過をご報告しておきます~。
日曜日ごろからちょっと様子が変で。
月曜日の朝にトイレが使われてなくて。
前に尿道結石をやってるので、これは詰まってしまったか!?と心配しつつ見守りました。
月曜日の夜におっきい方をしたので、火曜日に出れば大丈夫かなと思ってたんですが。


131106_131907[写真は昨日病院から帰ったところ]
火曜日もまったく‥
尿道結石のときのように、あちこちにしゃがんで痛そうな声をあげて出しにくそうにしているという兆候はまったくなかったんです。
ただ、ほんの少ししか、水を飲まないんですよ。なぜなのか‥?
トイレ以外の場所でちょっとはやってる可能性もあったんです。
「ここ、掃除しなくていいの?」って連れて行ってくれる子なんで(笑)日曜日も一度あったんですよ。
でもそんなにたくさんしている様子はなくて。

火曜日は食欲も落ちて、リビングの隅でほとんど丸くなって眠っていました。
毛艶は悪くないし、お目々もぱっちり、動けば動ける様子でしたが。
前にもちょっと調子が悪くて、1日トイレを使わなかったことはあったんです。
でもそのときは1日で治ったので‥

水曜日に病院へ電話して、連れて行きました。
もし詰まっていて、膀胱がパンパンになっているのなら、命にかかわりますからね。
そうしたら、幸いそれほど溜まっていなかったんです。
でも濃くて、脱水症状気味でした。
尿道結石は、10歳ぐらいまでの猫に多いんだそうです。初めて知りました!
前のときはまさしくそうだったんだけど~年齢重ねてなるのかと思ったから。
12歳は人間でいえば64歳ぐらい、まだまだ元気だそうです☆

血液検査もほぼ正常範囲内。
ただストレスの兆候があるということで。
猫ちゃんは繊細なので、ちょっとしたことがストレスになりうると。
部屋の配置が変わったとか、トイレを変えたとか、知らない人が出入りしたとか、そういうことで、トイレに行かなくなったり、水を飲まなくなったりすると。
う~ん‥
私の体調が良くなかったせいかも。
小さな心当たりはいくつかないではないけど、これ一つ解決すれば良いというほど大きな変化は特にないんですよ。

10月半ばごろから担ぎ込まれる猫ちゃんは増えているそうです。
こたつから出るのが嫌でトイレに行かなかったりするとか。
廊下が寒いのがいけないのかしら~これ暖かくするのって難題だわ。


131106_131940[写真は補液したので背中回りがたぷたぷ、膨らんでいます]
背中に薬の入った水を入れる補液という治療を受けて、戻ってきました。
徐々に浸透しておしっこになって出るそうで、血液に点滴するよりも早く、苦痛もなく済むのです。
痛いカテーテル治療をしなくて済んだので大いにほっとしましたよ。
みゅんも、病院ではかなり鳴いてましたけど~
帰ってから少し落ち着いたら、うってかわって優しい声で鳴いて、くいっと頬をこすりつけてきて「帰れてよかった~連れて帰ってくれてあんがと」って感じでした[わーい(嬉しい顔)]

昨夜は裏の納戸にほぼ籠城していて、もっと暖かいところにと思って連れてきても、するっと戻っちゃう。
ちょくちょく様子を見に行って頭を撫でると、のどを鳴らしてご機嫌でした。
トイレは使いにくいのか?ビニールの上にしてありました。
補液していて背中に水が溜まっている状態で気分が良くないからでしょうか。
背中を撫でると怒りました。
具合が悪いときには物陰にいたいという本能なのかも。

131106_132023[ちょっと機嫌悪い?]
今はリビングの隅で丸くなっています。
まだちょっとしか食べないのが心配です。
痩せてる子じゃないから、少し減り気味でも大丈夫だとは思うけど‥
背中は撫でても大丈夫だけど、腰のあたりはうなります。
あれこれストレス対策に頭を悩ませていますよ~。

寒さ対策に注文してあった~隙間風と結露避けのシートを窓の下のほうに立てたんだけど、いつもと違うのはあまり気に入らないみたい。
でも今寝ているところの横の窓は寒いからねえ。
日向ぼっこは出来るように少し開けてあるので、寒さ対策としては穴があるんですけどねcoldsweats01

[追記]
昨日の木曜日、猫はほとんどリビングの隅でうずくまって寝ていました。
ご飯をあげたのもほとんど食べないので、夜になって味見をしたら湿気ていたので、新しい袋から出してあげたら、少し食べました。
私はまず寒さ対策に、廊下と洗面所と玄関の窓に「寒い暑いその時スプレー」を掛けて回り、省エネボードを一階の窓に立てかけました。さらに猫が通るところを全部掃除して、猫ベッドをもっと暖かく作りなおしてと大騒動。

私がお風呂に入ろうとしたらついてきて、足の上にぴたっとあごを乗せ、何か訴える様子。
「いい子だね、つらいの~ごめんね、えらかったねえ!最高だよ~かわいいね」などと話しかけながら撫でて、30分ほど。うにゃうにゃ文句を言っていました~今気分が良くないのか、寒かったといってるのか、病院が嫌だったといってるのか?は謎です。
脱衣所までついてきて、前に良く上がっていた棚に乗りたそうにしたのですが、出来ない様子。腰か足が少し痛いのかも?
トイレで踏ん張るのが辛くなってるのかもしれません。
夜は私の部屋の猫ベッドで寝たので暖かかったと思うし、今朝も機嫌いい様子でした。
食欲は少ないけど、快方へ向かってると思います。

「困ってるひと」

大野更紗「困ってるひと」ポプラ社

闘病記だけど、ただの闘病記ではない。
ただものではない病人の体験記。
ホントにもの凄く大変そうだけど…
励まされます。

福島県ののんびりした所で育った女の子が、フランスに憧れて上智大学へ。
それがアジア難民に興味を持つことになり、ミャンマーの人のために奔走する生活に。タイやビルマにも何度も足を運ぶほどでした。
大学院に入ったばかりの2008年の夏、突然、身体に異変が!

自分が難民ならぬ~苦難にあう人になってしまったのです。
病院へ行くことも大変な体調。
検査すること自体、また大変という。
病名がわかるまでに、病院を点々とする1年。

(…こんなものすごい症状ではないけれど、病院へ行くことも出来ない体調というのは経験あります。
待たされて具合悪くなったり、結局治す手だてもはっきりしなかったりね。やはり自己免疫疾患で難病の端くれだったうちの母にも付き添いました。)

著者の病名は、筋膜炎脂肪織炎症候群。プラス皮膚筋炎。
難病専門の病院に入院して9ヶ月、本格的な治療がまた大変。
麻酔をかけると組織が変わってしまうので、麻酔なしの検査…げげっ。
最初は、他の入院患者の様子にもショックを受けた著者。
難病を抱えて生きてきた先輩を尊敬するようになるのでした。
活気のある文章でテンポ良く描かれるので、ただ暗いということはありませんよ。

故郷はムーミン谷のような山間ののどかな田舎で、原発の避難区域ギリギリという。
一番近いコンビニに行くにも15分。
ムーミンパパママのようだという両親に、ほっこり。
でも故郷から病院へ行ったり、一時退院したりするのは何と大変な事か。
お医者さんは素晴らしい人たちなのですが、やや浮世離れもしているので、そういう具体的な大変さは理解の他という面もありました。

難病の男性と思いがけなく、ほのかな恋が芽生えます。
重病人同士では諦めなければならない、思い出を一つ作るだけにしようと、ただ庭で桜の花を見上げたひととき。
ところが、恋のパワー恐るべし。

病気とは、長く付き合わなければならないと覚悟します。
しかるべく援助を受けるために、ややこしい書類の山と格闘。
自立をめざして、ずっとほったらかしだった遠い小平の自分のアパートから、病院に近い所に部屋を探すのです。
引っ越し手続きを出来るだけ速やかに終わらせるための、決死の準備。
そして、友達を総動員しての引っ越しの日が来ます。
彼の人は実はDIYが得意で、いろいろ手配も手伝ってくれました。

やったね!
それでもまだまだ大変そうだけど…
どうしていらっしゃるでしょうか。
少しは楽でしょうか。

著者は1984生まれ。
2010年にこの本の執筆を始める。
ウェブマガジン「ポプラビーチ」に連載されていたそう。
こんなに大変でも大丈夫だよ!と伝えたいそうです。

猫の病気の経過

120711_230337うちの猫・みゅんは、おかげさまで元気になりました!
ご心配かけました~。
回復を祈って下さって、ありがとうございます。

6月末からちょっと調子が良くなくて、いつになく下痢をすることが間を置いて3回ありました。
次の日には治ったんですけどね。
7月に入ってから家のあちこちでしゃがみ、トイレしにくい様子だったのです。
8日にまったく尿が出ないようだったので、これはいよいよ結石かと9日に動物病院へ連れて行き、FLUTD(猫下部尿路疾患)で入院。
膀胱の入り口に何か詰まっていると。
鎮静剤をうって、膀胱に注射して中にたまっている物を吸い出し、それから全身麻酔でカテーテルを尿道に入れて尿が出るようにしながら、詰まっている物が出てくるか見るという治療。
検査も色々しました。
意外に腎臓の状態は良くて、慢性的な物ではなく、特発性だそうです。
詰まっていたのは結石が少しだけ、あとは腎臓や膀胱の分泌物と血の塊でした。
むしろ若い猫に多い症状だそうです。
分泌物が多いのは太った猫に多いので、ダイエットするようにと。
経過は良好で、一日半で帰宅しました。(8まん、とびました…)

最初の日はグッタリもしていたし、鎮静剤が効いて、お医者さんも撫でられたのですが。翌日は朝から怒っていて、夕方にはもうお医者さんが薬を飲ませられない状態。
検査結果も良かったので、自宅でということになりました。
一週間分の薬(抗生物質と鎮痛剤)と、療法食が一袋と缶詰2つ貰いました。

カテーテルを入れると、膀胱の内壁に当たって、僅かながら出血するそうです。
そのための炎症と、尿道の腫れやゆるみなどから、2日ほどは漏れやすくなると。
確かに~家中にしゃがんで、少しずつだけどあらゆる所に、しまくりました…
それでも出るならオッケー!
ただほんの少ししか食べないし…
その夜は寝ていても時々、うめき声を上げるので、こちらもはらはらして、よく眠れませんでした。

金曜日の午前中に一度奇声を発し、その後何時間も出ない様子。
また詰まった?!と青くなりました。
お医者さんに電話した所、危険な兆候を教えてくれて、これがなければ大丈夫だから様子をみるようにと。
それは、1、尿が全く出ない
2、触ると膀胱がぱんぱんに張っている
3、ペニスが出ていて、赤くなっている
4、触っただけで、熱があるとわかる
5、鼻が乾いている
6、すごくグッタリしている等。
やや鼻が乾いているだけで、他の兆候はなかったので、様子を見ていたら、夜に開通して、その後はまあ…奇声を発することはなくなり、大丈夫でした。

食事のとり方が極端に少なくて、療法食をほとんど拒否。
一日おきに一食の三分の一ぐらい、間の日は飲まず食わずという状態。
一週間で1日分ぐらいしか食べませんでした。
このまま死んじゃうのではと心配に。
食べないために具合が悪いのではと思えるぐらいになったので、お医者さんに聞いてみたところ、少しずつ色々な物を出してみるようにと。
以後は、好きなフード(11歳以上用なのでFLUTDにも対応はしています)を主にあげています。
療法食も出すけど、ほとんど食べませんね。
少しずつ元気が戻ったかと思ったら、便秘がちになり、食欲が出たと思ったら、とたんにその後は下痢。わ~やっぱりダメ?!とがっくり。

120711_230418でも様子を見ながら少しずつあげていたら、その後は下痢もなく、だんだん普通になってきました。
食後1~2時間が結石が出来やすいのだそうで、だから食事は朝晩にして間を開けた方が良いと。
知らなかった~うちの猫は、捨てられていた時期があったせいか、お皿が空っぽになると猛抗議する子なんですよ。
のべつ幕無しに食べられる状態でした。あれがよくなかったのね~。
朝晩2食はとても無理だけど、お昼と夜に間を開けるように、工夫しています。
今は、お腹がへこんでスタイルよくなってますよ。
顔つきも元気になりました~。

120714_170501今のうちは、腎臓は悪くないので、この程度の食事でも大丈夫かと思います。
ただ今後、もっと年を取ったときに、食べさせられるか…
あるいは他に何か出来ることがあるのか??
考えていきたいと思います。

「介護うつ」

清水良子「介護うつ」ブックマン社

「お姉ちゃん なんで死んじゃったの」が副題。
清水由貴子の妹さんが書いた本です。
親の介護をしている身には、人ごとではない事件。
愚痴もこぼさずに笑顔で頑張っていたら清水由貴子になってしまう!と彼女の自殺報道を知ったときに思いました。
今後もっと辛くなっていくことを見せられるようで、すぐにはとても読めませんでしたが…
今はもう超えたぐらい大変になってきてるから?(母は胃ろうのために入院中)ある意味では意外に大丈夫。
由貴子さんが描いたカラフルな絵手紙などもたくさん収録されていて、めんめんと暗いことが書かれているわけではなく、妹さんもしっかりしている印象です。

清水家は父が早く亡くなり、母は長いこと病身。
子供の頃から介護していたようなものだったというのは特殊ケースかも。
女三人で肩を寄せ合うような~仲のよい暮らしぶりだったのですね。
長女の由貴子さんは年の離れた妹の面倒もずっと見てきて、相当、責任感が強かったようです。
真面目で頑固な人は要注意ですよ~。

デイケアを週5日利用していたんですね。それはいいと思うけど…
胃ろうは拒否し、階段に手すりをつけることも姉が断ったのだそうです。
そういうことが後に追いつめることになったのかな。自分で出来ると思いたかったんでしょうね…
これ以上は無理と心が折れる瞬間がどこで来たのか。
お母さんと別れることも悲しかったんだろうな。
この時期がスゴク辛いことはよくわかるんですよ。
これしかないと思い詰めてしまい、「うつ」だとは自分では気づかなかったんでしょうね。
残された人がどれほど辛いかが見えなくなっている、それは「うつ」だと思うんですよ。

時々悲しそうにしていることが増えては来ていましたが、日常は明るく、当日も笑顔で出かけたのだとは。
だから~介護うつと報道されたけれど、うつというのが妹さんには実感としてわかりにくかったそうです。
何かきっかけがあったら思いとどまったのでは、と思うのが哀しい。思いとどまったという手記だったら良かったのにね。

介護する人間を見守る目が必要だったとだんだん理解した、自分はその目になれなかった、という痛切な後悔。
妹さんも同居で、仕事時間を姉とずらして夜間勤務にするなど、介護をしていないわけじゃなかったんですよねえ。
お母さんのことは自分がちゃんと見るからねと妹さん。お母さんは今は病院にいるそうです。
由貴子さんの場合は子供の頃から介護していたので、ある意味、もう生ききったということだったのかも知れません。

介護な日常

暑さのせいか?介護ストレスか?頭が働かないので~
現状報告をちらっといたしたいと思います。

うちの母はこの数年、要介護度2でしたが、昨年3になりました。数の多い方が重く、5まであります。
昨年11月頃から自力でトイレに行けなくなり、夜中にも起こされて介助する状態に。
12月には寝室にポータブルトイレを入れましたが、ベッド脇に置いてももう自分一人では行き着けなくなっていました。
介助するには距離が短くなって助かってはいましたが。

介助が増えたために、1月には父がぎっくり腰に。
母よりも高齢で、病気もありますが、基礎体力があって元気な父です。昨年まではかなり母の介護に力を尽くしてくれていたのですが。
10日後、一人で介助していた私もぎっくり腰に。
それまでは介護保険もそれほど利用していなかったのですが…
急遽、連日ヘルパーさんが入る生活に変わりました。
介護保険の限度以下に治まっていた介護費用も、一気に跳ね上がりました。

今年の4月からは要介護度5。最上級というか、いわゆる寝たきり~ですね。
4月はじめに更新の申請して5月末に結果が出るという遅さでしたが、変わり目は申請の日からなのだそうです。
おかげで、4月5月6月は限度内に治まりました。
というのは~1割負担で、ほぼ3万8千円以下という感じです。

母は自分では全く起きあがれないけど、介助して毎日3回椅子に座ってテーブルについて食事をしてました。
車椅子でテレビの近くに行って、いつもの番組を見たりもしていました。
できるだけ自分の家で家庭料理を美味しいと感じて食べて貰いたいと思って、身体に良さそうな料理をする毎日。
1月頃にはまだ半分は母が自分で食べられていましたが、だんだん手に力が入らなくなり、4月には8割ぐらい介助が必要になっていました。

7月下旬に8度2分の熱が出て、水もむせてしまって飲めないので、近所のお医者さんに相談の上、救急車を呼び、入院しました。
脱水症と高カルシウム血症ということでした。発熱は、誤嚥で肺炎の疑いもありました。
きっかけだったかもしれないのですが、肺炎は悪化しなかったということです。
飲み込みが非常に悪いので、他に何か病気が隠れているかも知れないから、様子を見ながら幾つか検査をするということでした。
喉に腫瘍がある可能性もあったのです。それは大丈夫でした。

うちの母はリウマチで、10年以上前から身障者の認定を受けています。
40歳の頃から始まり、若いうちは軽かったのですが進行性とわかっていました。悪性リウマチではないのですが…
母は字が綺麗で、長年書道もやっていました。今では昔のこととなってしまいましたが。
関節が痛み、手足の先がだんだん変形して、どんな靴も履きにくい状態。
数年前まで10年ぐらい、一人でゆっくり歩くことは出来るけれど、転ぶと自力では立ち上がれないという状態が続いていました。
要介護度2になった頃は、一人ではもう無理があって危ない、手すりや人の支えがあれば少しは歩ける、というぐらいになってからでしょうか。
手も悪いので、杖は長くは使えませんでした。

飲み込みが難しい原因は脳の縮小にあるらしい…
レビー小体型認知症(アルツハイマーではないということ。脳にレビー小体というものが出来て、幻視がおきるのが特徴)もあるので、そのせいというか。
これだと治せないと言われました…つまりは老化でしょうか。
少しリハビリして座れるようになってから退院という話だったのですが…
これ以上は良くならないだろう、むしろ寝たきりのために悪くなるかも知れないと言われて退院しました。
こちらの体調も良くないので、家族で介護できるかどうか不安でしたが。
ぼけが進行しそうな感じもあったので、そろそろ限界ではあったかな。
自分が誰かとか、そういう基本的な所では全くぼけていないのですが。
病院がどこにあるのか、わからなかったようでした。今も時々、夜なのか朝なのか、久しぶりに会う相手が誰なのか、といったことは混乱しているようです。

先週退院しましたが、介護のやり方がこれまでと違うので、こちらはほっとする間もないぐらい。
母の状態も、大抵36度6分から37度ぐらいまで少し熱があり、7度を越したことも3回ぐらい。
本人は寒いと言うこともあるので、風邪気味なのかどうか迷うのですが、どっちかというと、脱水症の傾向のようです。
月曜日には久しぶりに訪問入浴で、お風呂に入れて貰うことが出来ました。午前中は熱があったけど、ほぼ下がったので、むしろ入った方が良さそうだということになって。
何もないようで手配にも準備にも色々あって…こちらは後でめまいを起こしてしまいましたけどね。

飲み込みに難があるので、水にはそれ用の粉を入れて、とろみをつけていますが、それでもなかなか大量には飲めません。
ゼリーなら喉を通りやすいので、毎日何度もゼリーを作っています。
温度調節や、扇風機の向きの注意、飲み水作り、ゼリー作り、洗濯、下の世話、ヘルパーさんが来たときにも補助が必要なら加わり、と忙しい毎日です。なかなか要領がわからなくて…
老人用の柔らかいレトルトなどもだんだん利用するつもり。
今朝も起きるなりおかゆを煮始めて、気づいたら水の一滴も飲んでなかったり。こっちがうっかりすると倒れそうです。

今日は7度5分になったので往診して貰い、膀胱炎の可能性があると薬を貰いました。
これで治るといいのですが…
確かに寝たきりというのは、膀胱炎は起こしやすそうな状態なのですよね。

追記:午後に7度9分と熱が上がったので、入院していた病院へ相談し、救急車でそちらへ。
点滴を2時間受けて、落ち着いてきたので帰宅。てっきり数日は入院すると思っていたので、ビックリでした。
車椅子も無理そうなので民間の救急車のようなのを頼んで帰ったら、高額なのでまたビックリ。寝て帰るのは大変なのですね~。

さらに追記:昨日(9日)まで、連日、点滴を受けていました。
かかりつけ医と訪問看護師さんと交代で。
熱は少しずつ下がってきましたが、食べる量があまりにも少ない日が続いていました。
昨日からはいくらか食事が出来るようになったので、今日は点滴を休みました。
明日の様子によってはまたするかも知れません。

「パパはマイナス50点」

小山明子「パパはマイナス50点 介護うつを越えて 夫大島渚を支えた十年」集英社

タイトル通り、介護体験記です。
介護の本で、自分がうつだったときの心境を語っている本って、意外に少ないかも。
ありありと書かれていて、わかりやすく読めました。

夫・大島渚、が突然倒れて闘病生活に。
最初は映画制作を公表したばかりの時期ということもあり、騒ぎになることを恐れて、妻なのに駆けつけることが出来ず、公然と出入りできない寂しさ。
身体に気をつけてあげることが出来なかった、今も役に立たないと自分を責めて、うつ状態になり、死まで考える状態に。
家族が心配して入院、それも閉鎖病棟だったそうです。
退院後も自分は病気ではないと感じていて、薬も飲まないでいたとか。

しだいに事実を受け入れ、友達も出来て、対応できるようになっていきますが‥
夫が話を聞いてくれる人で、何より大事な存在だったため、近所に友達が少ないのも孤独になった原因だったとは。
悪意のあるチラシが、郵便受けに投げ込まれるという、有名人の辛さ。
「夫が大変なときに妻がしっかりしないとはもってのほか」という批判もされてしまう。
昔はそういう教育だったんでしょう。

ちょっとした介助にも、いつも「ありがとう」と口に出してくれる夫だったとは、いいですねえ。
収入のない若い監督の夫を支え、映画作りの費用まで稼ぎ出していた妻ですからね。
妻はいつも、女性として何よりも欲しい「評価」と「信頼」をしてくれた、と夫が書いていたとは。後から読んで、遅れて届いたラブレターのように感じたそうです。
妻の方も、支えて育てて貰った気持ちが強い、というのは何よりですね。

三度目の入院で、もう歩けるようにはならないだろうと言われた大島がさすがに荒れる。
しかし1年後には、20歩、自分で歩けるようになったとは。
荒れているときも、ユーモアで「昨日のパパは百点満点だったけど今日はマイナス五十点よ」などと言って笑わせ、怒りを静めるとか。

自分の健康のために水泳教室に週に一度は通うようにしましたが、出かけるときには長年勤めてくれた家政婦さんに「夫をほうっておくなんて」と言われるそうです。が…もう気にしない。
夫に見える通路に季節の花を生けて、車椅子で家族旅行にも行き、おじいちゃんは凄いのよと孫にも教え、身体が不自由になったことは夫の尊厳を損なう物ではないと考える。
後半の明るさは、ビックリするぐらい。

「会社でうつ 休むと元気ハツラツな人」

海原純子「会社でうつ 休むと元気ハツラツな人ー「仮面を脱げない」新しい「心の病」がある。」文藝春秋

心の健康の問題についての本です。
まず、誤解されやすいこととして、「うつ病とうつ状態は違う」という点の説明がありました。
読んでみると、うつ病は毎日、一日中抑鬱状態で何をする気もおこらないのがずっと続くのだそうで、何とも辛そうです。
こういうのを、気のせいと言ってはいけないのよね。

しかし、うつ病までは行かなくとも、うつ状態というのも楽ではありませんよね…
仕事をすると、うつ状態になるタイプ、というのも~最近増えてきたそうで、大きな問題。
単なるさぼりと誤解されることもある、弱さと誤解されることもある、これは違うという指摘は重要かも。

親の望んだコースを歩いたために自分に合わない仕事をしていたり、恋人や夫に求められる役割と一体化しているうちに、自分が何をしたいのか見失って、何もしたくなくなったり。
具体例が、いかにもありそうで、わかりやすい。
微妙に~身につまされてしまいます。

日本では、子供を産んで一人前の女で、まずそれをしないと認められないというプレッシャーがかかっている。
また、感情を抑えるのが美徳とされてきた面がある。これは男女共通。
確かにそういう点はあるかも。

また、「コミュニケーションの壁」というのがあって、思いこみの強い人には話してもなかなか理解して貰えない。
親や周りに理解して貰えないまま、いつしか感情を抑圧していると…
ボロが出ていれば、それがガス抜きになって、病までは至らない。まじめな人が完璧に演じすぎると生きる力を失う。
な、なるほど…
きちんと計画を決めてしまうと実行してしまう性格なので、無理しないように方針を決めておくことも大切かもね。

では、どうすればいいかというと…
自分と対話し、とりもどしていくことができれば…!
まず自分が気づくことで、しだいに可能性が開けていくそうです。

著者は医学博士。1984年、日本初の女性クリニック開設。
1999年より歌手活動も。
2年間仕事を休んでいた経験からにじみ出る、本当にしたい仕事への思いが説得力あり。
2008年11月発行。

猫の手

Vfsh7922みゅんの手は、両方とも先が白いの。

Vfsh7921これは左手(前足?)

後ろ足も、足先は白いけど~だいぶ白の量が違ってます。

Vfsh7925これは左足。

Vfsh7926白い部分がほとんどない足をひっくり返すと、裏は~?
ほとんど黒!
Vfsh7931「あにすんだよ~」と目を覚まして、あわただしく舐めています。
「セットが乱れちゃう!」って雰囲気coldsweats01

私の風邪はどうやらインフルエンザみたいな症状。
6月にインフルエンザって…年齢的に新型ではないと思われますが。
休養と決めましたが…父が猫の手を借りたそうですbleah

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