「Y氏の終わり」

スカーレット・トマス「Y氏の終わり」早川書房

ミステリ的要素もある途方もないSF、哲学的ファンタジーともいえる展開。気鋭の作家の驚天動地の物語。
他人の思考の中に入り、ついには…という~ジャンルミックスという感じでしょうか。
一番近い雰囲気なのは「数学的にあり得ない」かな~。コニー・ウィリスなども連想させます。

大学院生のアリエルは、指導教官のバーレムが行方不明になったことに戸惑います。
バーレムしか研究していない19世紀の忘れられた作家ルーマスの研究のために、大学に来たばかりだったのです。
しかも、大学の研究棟が地下の構造のために崩落。
研究室が足りなくなったのでシェアすることになり、神学を研究している元神父のアダムという青年と出会います。互いに強い印象を受けるのですが…

古本屋で、もう存在しないと言われたルーマスの奇書「Y氏の終わり」を入手したアリエルは、その本に書かれているとおりにした所、トロポスフィアという異空間に入り、そこから人の思考の中に入り込む事が出来るようになります。
非常に消耗するためなのか、この本を読んだことのある人間は全て死んでいるらしい。バーレム教授もそうなのか?
奇書を狙う謎の2人組に脅かされ、バーレムを探しながら、トロポスフィアの謎を捨て身で解き明かそうとします。
思考とは?異世界があるのなら、この世界とは…?

大学の研究者達や、独り身の私生活の描写がやけにリアル。
不倫の相手とは付き合いながらも、私生活はほとんど研究のために犠牲にしている様子。家族とは疎遠で、同じアパートに住んでいるゲイが唯一の友人らしい。
アインシュタインやハイデッガー、デリダといった名前が飛び交い、かなり難しい面もあって、こちらの知識では追いつけません。それでも、エピソードが面白くて、ぐいぐい読めてしまいます。
鼠の意識の中に入ったり、敵である男の頭の中に入り込んでしまったり、寮で女子高生を探して次々に入ってみたりと、その思考それぞれが生き生きしているのが抱腹絶倒。
表紙が綺麗で、好みだわ~。

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「竜と竪琴師」

アン・マキャフリイ「竜と竪琴師」ハヤカワ文庫

パーンの竜騎士のシリーズ、10作目。07年6月発行。
作者は60年代からこのシリーズを書いているんですから、すごいもんです!
ジャンル的にはSFでしょうが~ファンタジーが好きな人向きの話も多いです。
惑星パーンは地球人類が植民した星。科学は忘れ去られ、人々は岩山を生かした城塞と巖洞に住み、中世的な暮らしをしています。

いくつもの作品に登場し、老いた賢者という印象のある竪琴師ノ長ロビントンの生い立ちから描いた作品。
パーンは長い間、宇宙からの糸胞に襲われる事がなく、糸胞の危険に備える貴重な竜と竜騎士や竪琴師の存在意義が失われつつありました。
ロビントンはそういう時代に生まれ、難解な曲を書く気むずかしい父親に愛されずに育ちます。
母親はすぐれた歌唱師でもあり、とてもあたたかい女性なので、この母と周りに守られながら才能を伸ばす少年ロビー(!)
父との葛藤を底流としながらも、淡々と話は進んでいきます。

竜を感合することは残念ながらなかったけれど、竜の声を聞くことが出来る特異な才に恵まれ、ベンデンの竜騎士のフ-ロンと親友になります。
フ-ロンの息子達、フ-ラルやフ-ノルの時代になると、感合の時にシリーズの最初の方を思い出して、微笑ましくなりますよ。

若い時のみずみずしい恋愛と波乱の展開、各地の城塞を転任し、竪琴師に対する誤解や反発にもあいながら経験を積み、可愛い弟子に恵まれる中年期。酸いも甘いも噛みわけた長ロビントンはこうして現れるわけですね。
そして、幼いレサと劇的に出会うまで。
このままシリーズの最初になだれ込んでも楽しいかも。

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「数学的にありえない」

アダム・ファウアー「数学的にありえない」文芸春秋

このミスの昨年度で推薦されていたような。
数学が苦手なので後回しにしていましたが、これ面白いですよ!

元統計学講師のデイヴィッド・ケインは数学の天才。
頭痛と幻影に悩まされて失職、いぜんから入退院を繰り返していた兄ジャスパーと同じ病かと苦しみますが…
脳の秘密を解き明かすために画期的だが危険な研究を行っている科学者と謎の組織・科学技術研究所が絡み、展開はジェットコースター的冒険ものの乗り。
CIA工作員(二重スパイ)の凄腕の美女も登場して、最初は狙っていたケインを助けて大活躍、スパイものの要素もあります。

肝の部分は数学というのか…SF的?!
病を持つ双子の脳みそが実は、世界を変える可能性を秘めていた…
未来を見通す力を得た?ラプラスの魔とは!?
ええっと…もう私には説明出来ませんが~有名な学説の説明も色々あって、作中ではけっこうわかりやすく、頭の体操としてもスリリングでした!(@@;

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「双生児」

12月に読んだ本です。1月も20日になってしまい、慌ててます~。

クリストファー・プリースト「双生児」早川書房

5部に分けた構成で、最初の語り手はノンフィクション作家のグラットン。
第二次世界大戦の頃に良心的兵役拒否者でありながら戦争の英雄だった人物がいたというチャーチル首相の記述に興味を抱きます。
これが双子だったからというだけならまあそれまでだが、幻想小説の大家プリーストがそれだけで終わらせるはずがない!?

頭文字も同じJ.L.ソウヤー。
ジャック(ジェイコブ・ルーカス)とジョー(ジョナサン・レナード)の双子は、ボートの選手としては息がピッタリで、ベルリン・オリンピックにも出場したほど。そこでナチスの幹部にも会うことになります。
滞在した家庭が実はユダヤ系で、そこの娘の亡命を手伝うあたりから、2人の道は分かれ始めます。

明るくやや単純なジャックは、空軍の爆撃機乗りに。
爆音の聞こえそうな描写で空爆がリアルに描かれ、そのあたりに興味のある人にも面白く読めそうです。
やや頑なな考え深いジョーはドイツから連れ戻った娘と結婚し、良心的兵役拒否者となって、村の人に白い目で見られながら、やがて赤十字の仕事を見つけて遠方へ勤めることになります。違う形とはいえ戦争に深く関わる皮肉な運命。
妻は孤独にさいなまれ、助けを求めたのは…?

ジャックの手記は、戦闘中に死にかけて記憶を一時失い、取り戻しかけた記憶を辿りながらつづられた物。
一方、ジョーもまた事故で死にかけた時に真実をかいま見…
幻想なのか、ねじれた関係の中にちらっと見えるのはあり得た未来なのか、双子の人生の不思議。

歴史改変SFに近い感触もありますが、改変してしまうんではなくて、メビウスの輪のように…
実在人物も登場、当時の政策に疑問を投げかける内容ともなっています。
ある時、歴史が大きく変わるかも知れない、そんな可能性に思い至る感動がありました。
緻密な描写で個性豊かな人間がばしっと容赦なく描かれ、不思議さと希望の残る結末に人生の哀歓が胸に迫ります。

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「最後のウィネベーゴ」

コニー・ウィリス「最後のウィネベーゴ」河出書房新社

コニー・ウィリスはすごい!
SFの女王と言われる作家ですが、何よりもまず、面白い小説を書く人なんです。
身近な題材を含めた取っつきやすい内容で、おかしくて、しまいに切なくなる…各賞総なめだけのことはあります。
大長編「ドゥームズデイ・ブック」「航路」「犬は勘定に入れません」が有名ですが、これは短編集なので、初めての人にもおすすめ。
6月末に読了した本ですが、07年上半期ベストワンですね。

三つの短編はどちらかというとコメディーライン。
近未来の設定でやや皮肉な展開ですが、にぎやかな女達のお喋りで描かれる「女王様でも。」は2人の娘を育て上げた母親の実体験を彷彿とさせます。
2作目は時間旅行の研究段階に起こる奇妙な出来事を、これまた実感こもったPTAの立場から~ユーモアたっぷりです。
3作目は日本製の宇宙ステーションが舞台。異星人を接待しなければならないカップルが狭い部屋で右往左往します。往年の映画のようにロマンチックな所もあり、「古き佳きSF」といった趣。

そして、表題作の最後の中編が何とも…
取材に忙しいカメラマンの仕事が意外な展開に…地味な要素がぴたっとはまり、小さな奇跡を呼び起こすのです。
喪われていく物への哀切な気持ち、一瞬のきらめき、希望、そのはかなさ。
読んで下さい!

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「わたしを離さないで」

カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」早川書房

介護人として生きる女性の回想という形で丁寧に語られる、ある施設で育った少年少女の物語。
前々から評価の高かった作家ですが、これが最高峰でしょうか。
SF的な骨格を用いていますが、舞台は近未来ではなく現実の90年代以前を模していて、むしろノスタルジックな雰囲気。抑えのきいた丁寧な文章で若き日への郷愁を誘いながら、しだいに明らかになっていくその世界とは…!?

31歳のキャシーは介護人という特殊な仕事につき、かっての同級生も担当することになります。
平和な田園地帯ヘールシャムにあった寄宿制の学校で、世間から隔絶されたまま変わった方針でずっと育てられた仲間でした。
小さい頃にはいじめられ子だったトミーがだんだん魅力的な青年に成長していく様はリアルです。キャシーの親友だったルースがトミーとつきあい始めるのですが…
幼馴染みの男女3人のみずみずしい青春物としても読めます。
限定された世界での奇妙な感覚、教師達の言動から次第にわかってくる怖さ、若々しい願望や戸惑い、切ない思い… 重い手応えですが、命がいとおしく、きらめいて見えます。
これこそ文学というものでしょう。

現実の臓器移植の危険性といった問題に警鐘を鳴らす意味もないとは言えませんが、声高に告発するものではなく、どんな人間にも通じる普遍的なことを描いているように感じました。
誰しも案外狭い世界で身近な人の言うことを信じて限られた生き方をし、どこで道を間違えるか、どこで不当に扱われるか、わからないところがあるのではないでしょうか?

今年最初に読んだ本ですが、10日ぐらいかかりました。
何がそんなに忙しかったんだか…他も読まずにですから超遅いですが、じっくり味わうだけの価値はありました。

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「エヴァが目覚めるとき」

ピーター・ディッキンスン「エヴァが目覚めるとき」

知る人ぞ知る?イギリスの実力派ピーター・ディッキンスンの不思議な読後感の残る傑作です。
少女の視点で描かれているので読みやすいと思います。

長い黒髪で青い目の快活な美少女エヴァがある日事故に遭い、9ヶ月も昏睡状態に…目覚めた時には最先端の医療技術で彼女の記憶は違う身体に入っていた…!
人類は既に生命力を失いかけている時代、人々は超高層ビルに住み、テレビの進化したような立体映像を一日中見るだけの生活になりはてているという設定。
野生動物はほとんど死に絶え、チンパンジーだけが人類に近いからと保護されて研究対象になっているのです。エヴァの父親は研究所の博士。
小さい頃からチンパンジーと遊んでいたエヴァは、チンパンジーの肉体に宿る太古の記憶や本能と融合しながら、たった一人の存在として生きていくことになります。

両親の戸惑い、特に母親の複雑な愛と悲しみ、興味本位にアイドル的な扱いをするマスコミとの葛藤、違う世界の人々との出会い、そして研究所のチンパンジーたちとの付き合い方も何とも面白く描かれていきます。利発な少女の素直な発想や折々に発揮する勇気に感服。
生きるとは何か、自然とは、個性とは…
考えさせられます。

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「はるかなる地球帝国」

マリオン・ジマー・ブラッドリー「はるかなる地球帝国」創元推理文庫

ついでのことに初期の物を読み返してみました。
タイトルでは内容を思い出せなかったのですが~これ、タイトルのつけかた間違ってるよ!
地球帝国から少年ラリーが父親の転勤でダーコーヴァへ移住して経験する冒険と友情の物語。
わかりやすいエンタテインメントなのに、もったいない。

ラリー・モントレーは未知の惑星に好奇心を抱き、言葉を覚えて現地人の市場へ遊びに行き、不良に絡まれた時に赤毛の気の強い少年ケナード・オルトンに出会います。
少年といっても一つ上の18歳のケナードは当地では既に一人前。元服も済んだといった所でしょうか。
当初は付き合いを反対されますが、貴族であるケナードの一族に名誉ある招待を受けたラリーは、今度は政府の肝いりで半ばスパイのようにダーコーヴァを深く知ることを期待されることになります。
領主の館に滞在中にダーコーヴァ人の中にある対立に巻き込まれて誘拐され、助けに来たケナードと共に命がけで山越えを…

次第に大人になっていくラリーはやがては地球人とダーコーヴァ人の理解を進める架け橋ともなっていくのでしょう。
ダーコーヴァの読みどころはこれ一冊では話が終わらず、彼らのその後や一族のその後の話がどこかで続いているのが醍醐味なので~説明が何だか物足りないですが。
シリーズ全体が絶版になってしまったようで、残念なことです。
原著は65年、邦訳は86年発行でした。

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「ダーコーヴァ不時着」

マリオン・ジマー・ブラッドリー「ダーコーヴァ不時着」創元推理文庫

地球帝国の宇宙船がどこかもわからない惑星に不時着、その地でやむなく暮らしていくというダーコーヴァ(後にこの惑星がそう呼ばれることになった)シリーズの発端ともいうべき作品。
先日、マキャフリイの「パーンの竜騎士」シリーズで、ちょうどこれに相当するような「竜の夜明け」を読んだ感想をアップした時に、ダーコーヴァではこの作品があると教えていただきました。確かに!
パーンは一応どこの星かはわかっていただけ不安感は少ないでしょうね…片道切符なのと、その後長いこと地球とは没交渉だったのは同じです。
有能なキャリアウーマンがリーダー格の一人として出てくるのも共通しています。今でこそ当たり前ですが、当時としてはまだ先端的だったことでしょう。

ダーコーヴァには竜はいないんですが(当たり前!)
こういう流れで読んだためになんか出てきそうな…
パーンには人間に近い生き物はいませんでしたが、ダーコーヴァには交流の可能な存在がいました。
このシリーズではテレパシーが重要なのですが、この星にいるだけでも何故かそちらの感覚は開花し始めるのですね。何が起こるかわからない展開が面白かったです。
更にふしぎな存在チエリとの交流が始まり、混血まで可能になると…
しだいに地球人とは異質なほどの能力が遺伝していくのです。

店頭では見かけなくなってしまったこのシリーズ、bk1では取り扱っていないとのことですが~Amazonではユーズドで安く手に入ります。http://booklog.jp/users/k-hapycat
図書館にもきっとあると思いますよ~。

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「竜の夜明け」

アン・マキャフリイ「竜の夜明け」ハヤカワ文庫

パーンの竜騎士シリーズの外伝。
入植時代を描いたもので、年代的には一番最初の話ということになります。
射手座ルクバト第三惑星パーンへ、地球から最先端の科学を駆使してはるばる入植希望者の団体が片道切符で到着、理想的な世界を作ろうとします。
巨大竜に乗って飛ぶ竜騎士が活躍するこのシリーズは中世的な雰囲気なので、ファンタジーがお好きな人が読んだ方がむしろ良いかと思うんですが、ジャンル的には本来SF。
この作品だけは名実共にSFと言えるでしょう。
この作品から読んでも良いし、この作品だけ読んでもオッケー。
スターウォーズやスタートレックといった映画やドラマがお好きな人にもお薦めです。

宇宙船の提督はポール・ベンデン。
この名を聞いただけでも、ファンならにやりとしてしまいますね。
ヒロインは一人だけではありませんが、メインは獣医の娘のソルカでしょう。幼い日に火蜥蜴(最初はまだこの名もありませんが)と出会ってからずっと初期の全てを見て大人になっていく年月の物語。
ショーンという馬の扱いの上手い非定住民の少年と共に、現地の生き物と交流を続けます。
巨大な竜は交配によって作られた物だったとは…!
人々は空から降ってきて全てを焼き尽くす糸胞と戦い、地域にあった暮らしが固まっていく年月は、進んだ科学がいやおうなく失われていく過程でもありました。

登場人物は多く、複数の内面が語られるために最初はちょっとややこしいですが、しだいにダイナミックに連動して盛り上がっていきます。
感情が描かれるのは、ここで出会った異質な男性に恋をした女性が多いかな。
悪役の美女エイヴリルの臆面のない活躍もけっこうすごい。多くの目がエイヴリルを警戒しながらも結局食い止めたのは……!?
後に伝説となって残る出来事です。
読んでいて元気の出る小説ですよ。面白かった~!

凄腕の宇宙パイロットがケンジョウという日系人なのもちょっと楽しい所。
内心飛べなくなることに恐怖感を抱き、燃料を超人的に節約して飛行を続けるのです。
その妻は無口な働き者で文句一つ言わず夫の仕事を進んで手伝い「とても真似が出来ない」と周りの女性に思わせる、これがマキャフリイの日本女性のイメージみたいなので、ちょっと面映ゆい。
そんな日本女性って、未来には絶滅しているのでは…!?

bk1ではお取り扱いが出来ないということで寂しい~けど、画像は出るので、左サイドの宇宙船(上巻)と竜(下巻)の絵を見て下さいね。
右サイドにリンクしてあるWEB本棚ブクログのほうの「sanaの本棚」では画像が出ません~
Amazonでは取り扱っているんですけど、ユーズドのみでこれが1100円と定価より高値!珍しいけど、わかる気もします。
面白く読める内容だし、入植時代を書いたのはこれだけだから貴重ですもんね。
ハヤカワさん、また発行して下さいよーっ!

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「魔法」

クリストファー・プリースト「魔法」ハヤカワ文庫

報道カメラマンのリチャード・グレイは爆破テロに遭遇して大怪我をし、過去数ヶ月の記憶を失います。
保養所に訪ねてきた女性スーザンは恋人だったというのですが、特徴のない外見で見覚えもない。
記憶を取り戻すための実験で催眠術をかけたところ、いるはずの人間の姿が見えなくなる錯覚が起きるという奇妙な現象が起きます。
事故のせいだけではなく何らかのトラウマで記憶が戻らないのかも知れないと、スーザンに問いただすのですが、少しずつ取り戻した記憶はスーザンの話と大きく矛盾し…

出だしは記憶喪失ネタのミステリのよう。
中盤は大人の恋愛心理物としても読める内容です。
しかし、不可視というのは…ええ?どっちが本当なのだろう…たぶん…へええ…まさか…うわ?わわ!
と予想外に話は転がっていきます。

「魔法」というタイトルでファンタジーかと思いましたが、幻想文学という意味でのファンタジーですね。
いわゆるファンタジーらしいモチーフや甘さはないので、世界をひっくり返すような奇想の作品という点ではSFに近い感触。
原題は「THE GLAMOUR」で「魅力」と訳しても良いんですが、この言葉、昔は恋人を他の人間に見えなくする魔法をかけて貰う、という意味でも使われていたそうなんです。そういった両義的な言葉のイメージも満載の作品。

プリーストは43年イギリス生まれ、66年デビュー、95年「奇術師」で世界幻想文学大賞を受賞しているそうです。
84年の本書もなかなか他にないと思える傑作ですが、ちょっと~読者を選ぶ所はあるかも?

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「不思議のひと触れ」

シオドア・スタージョン「不思議のひと触れ」河出書房新社

スタージョンといえば、私がSFをあまり読まなくなった最後の頃にも読んでいた、好感の持てる作家です。
最近、再評価の勢いがすごいらしい…のも当然でしょう!
この短編集は奇想コレクションの一冊で、03年12月に日本で編まれたもの、良いセレクトでまとまっています。
SFというと、多少読みにくいのも覚悟の上、なのですが、これはわかりやすくて、びっくり。
訳文もこなれているのでしょうが、内容が練り上げられていてしっかりした構成になっているのが大きいでしょうね。

最初の短編は簡単なアイデアですが、何と20歳の頃の物。それにしては達者です。
そして、表題作の何ともいえない面白さ!
夜の海辺で姿の見えない相手と待ち合わせ、勢いよくののしり続ける男女、実は…
ごく平凡な、何の特徴もない人間に訪れた、不思議のひと触れ。
良くこんな事を考えつくなあというのがスタージョンを読んだ時のいつもの感想だったことを思い出します。
そして、思いつきだけでない切り口と手応え、孤独な人に対する優しさも…
読む人にも不思議のひと触れが訪れる心地がします。

「雷と薔薇」は前にも読んだかと思いますけど、1947年の作品というのに恐れ入りました。
核戦争後の未来を描いて、今にも通じるテーマ、先駆的作品だったのですね。
そんな早くから書いていた人という認識がなかったですねえ…

翻訳もしている大森氏の愛読者としての熱意溢れる長い後書きを読んだら、特に今回はわかりやすいものを集めたとあり、なるほどと納得しました。
SF大会での有名な発言「SFの9割はクズ、他のジャンルも同じ」というのも、そういう一般の評価に対する反論として言われた言葉だったとはね~言葉って一部が伝わって一人歩きしてしまうものなんですね。文脈がわかって良かったです。

スタージョンがどういう作家だったのか、アメリカ文学史上最高の短編作家とまで評価される巨人ぶりと数奇なほどの経歴に加え、5回の結婚という変人ぶり(もてもて?)がよくわかり、なんともいえない中身の濃さに改めて感動を覚えました。

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「犬は勘定に入れません」

コニー・ウィリス「犬は勘定に入れません」早川書房(大森望・訳)

大好きな作品なので、前に読んだ時に書いたことをアップしておきます。
内容はタイムトラベル物なので、ジャンル的にはSFでしょうか。
「消えたヴィクトリア朝花瓶の謎」という副題が示すように~歴史ミステリに近い感触がありますが…

「犬は勘定に入れません」というタイトルは「ボートの三人男」の副題だったもの。
犬も一緒にボートに乗ってテムズ川下りをするわけですが、三人というのに犬は入ってない、という意味合いでしょうね。

近未来のオックスフォードから時間旅行へ旅立つ若き研究者ネッドとヴェリティが主人公。
つまり、中世へのタイムトラベルを描いて荘厳なまでの迫力のあった「ドゥームズデイ・ブック」と舞台設定は同じです。
今回は主な行き先が19世紀の平和な時代で、恋愛の要素も強く、楽しめる仕上がりになっています。

この話の中では時間旅行は十分可能になっているけど、費用がかかるのでスポンサー無しでは成り立たないものとなっているんですね。
ネッドとヴェリティは、スポンサーの好き勝手な要請にしたがって何度も行き来を繰り返します。
時差ボケならぬ時間旅行ボケという症状に悩まされながら、歴史に誤った影響を与えないように奮闘することになります。

歴史の過誤を理論的に研究しているのは日本人の藤崎といい、最近読んだ小説のあちこちで見かける日本人像の中でもマトモな名前と役割を与えられている方だと思う‥(^^;

未来では絶滅種となってしまった猫を巡っての物語でもあります。
プリンセス・アージュマンドというたいそうな名前の猫にネッドは振り回されます。
この猫が後書きで「性格の悪い猫」と表現されているけど、猫としてはごく自然にふるまっているだけで性格は全然悪くないのも可笑しい(^^;
旅の道連れのブルドッグも良い味出してます(^^)

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「タフの方舟」

ジョージ・R・R・マーティン「タフの方舟」1、2
波瀾万丈の異世界ファンタジー「氷と炎の歌」シリーズで大ヒットをとばしているマーティンのSF短編集。
もともと、こっちの畑の人らしいですね?

宇宙一あこぎな商人ハヴィランド・タフは、禿頭で真っ白な皮膚という異相の巨漢。
千年前の胚種船を狙うチームに雇われたのがきっかけで、生物兵器満載の巨大な宇宙船で起きた壮絶な死闘を乗り越え、たった一人生き残っていた。
いまや多種多様なクローンを自在に作れるため、問題の多い星に注文通りの生物を提供できるのだが…

SFらしい奇想天外な設定、虫の良い事を願う住人とのやり取り、特に女傑トリー・ミューンとの駆け引きが面白い。分かり易さはさすがエンターテイナーです。
作者は猫好きらしく、愛猫が活躍するのも微笑ましい(^^)

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