「この本が、世界に存在することに」

角田光代「この本が、世界に存在することに」メディアファクトリー

とてもわかりやすい文章で、本好きのハートに響く短編集。
本名なのでしょうか、四角い字体でかっきり書いたような~誰にでもわかり気づかずにはおれないような骨太で着実な文章に、名は体を表す…という思いがします。

18歳の時に売った本に再び出会う「旅する本」はやや幻想的な趣。
本の好みが合った恋人と別れる時に、本を仕分けする「彼と私の本棚」は、本など読まないらしい女性と付き合うことになった彼への複雑な思いもありで、何となく気分が想像出来ますね。
幼い頃に近所に一軒しかなかった本屋に万引きした本の代金を返しに行く男性の話「ミツザワ書店」は店先で万引きも気にせず本を読みふけっているおばあさんがいたというのが、ある意味本好きの楽園として描かれているみたいですね。
子供の頃はさんざん立ち読みしたよなあ…と懐かしくなりました。
万引きはしてないですけどね。…してないよね?うん。(本を借りて返し損なったままってのはあるけどぉ)

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「ちんぷんかん」

畠中恵「ちんぷんかん」新潮社

2007年の新作、シリーズも6作目~(他に絵本「みぃつけた」があります)
安心して読めますね。

火事で煙に巻かれた若だんなが気がついた時には三途の川の河原に。なぜかついてきてしまった鳴家たちを帰そうとするうちに…「鬼と小鬼」
お払いで有名な広徳寺の僧・寛朝の弟子となった秋英が、初めて依頼者の話を一人で聞くようにと任されたところ、お払いするはずの絵の中に入り込んでしまい…「ちんぷんかん」

他に、若だんなの異母兄・松之助の縁談をめぐっての作品が続きます。
松之助は普通の人なので、お江戸の人情物といった感じですね。

若だんなは大妖を祖母にもち、死んだ子の魂が生き返ったという運命的な生まれつきで異常に身体が弱く、長生きは出来そうもない身の上。
たとえ普通に生きたとしても、若だんなを大事に思っている妖怪の手代達から見れば、一瞬のようにはかない時間しか、一緒にいられない…
今回はそんな命のはかなさを感じさせる話が多かったような。
作者の心境を反映しているのでしょうか?
桜の花びらの精・小紅の話は季節柄ピッタリでした。

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「中庭の出来事」

恩田陸「中庭の出来事」新潮社

2007年の作品で、たくらみに満ちた複雑な構成のミステリ。
ホテルの中庭で行われたパーティで、再婚したばかりの劇作家・神谷華晴が毒によって謎の死を遂げます。
「告白」という一人芝居を演じる女優を選ぶために、3人の女優をオーディションしている途中のことでした。
大女優、中堅の個性派、若手のサラブレッドという~まったく違う3人。
しかも、女優自身の人生の要素を交えて脚本を構成し直そうという野心的な企画。何か裏があるのでは、という可能性も…?

事件と、オーディション、捜査段階で繰り返されるシーン。
そのたびに少しずつ変化していく供述と推理。
劇作家・神谷のインスピレーションの元となったらしいのが、新宿のホテルの中庭で起きた若い女性の死。これについての推理も随所に挟まれてきます。
さらに、山の中の廃駅を劇場にしたという場所での舞台公演をめぐっての話も絡んできます。

ただのミステリじゃ物足りない!?という人向けの知的遊戯というのか~迷宮のような感覚を楽しめれば面白いでしょう。
作者の演劇好きも感じられて、女優のオーディションというのは面白いのですが~ちょっと、過程がややこし過ぎて、解決した感覚が起きないのが難かなあ?

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「マンスフィールド・パーク」

ジェイン・オースティン「マンスフィールド・パーク」中央公論社

ジェイン・オースティンの読んでいない作品を読んでみようかと。
オースティンの完成された長編は6作しかなく、すべて1810年代に発表されているんですね。なるほど~映画だとファッションが同じわけだわ。
これは1814年発表、最後から二番目の作品。モームに完成度が高いと評価されているだけあって、面白かったですよ。

パークというのは公園ではなくて、荘園というのか~広い庭園のあるお金持ちの屋敷のことだそう。
お金持ちの親戚に引き取られた内気なファニー・プライスが、中途半端な立場で忍耐強く暮らし、ひそかに想う従兄のエドマンドには想われず、想わぬ人に求愛されて苦悩しますが…
まったく違う結婚をした親世代の三姉妹は、長女がやかましやのノリス牧師夫人、これはかなり性格が悪い。美人の誉れ高い次女がマンスフィールド・パークに住むサー・バートラムの令夫人となっています。おっとりして品は良いけど、至ってものぐさと喝破されています。
末がプライス海軍中尉夫人~財産もない相手と駆け落ちしたこの結婚は家名を汚したとキッパリ言われる有様。当時の価値観て、そうなんでしょうね。
少々わがままな従兄姉たち、隣家の人々などの鮮やかでちょっと意地悪な描きわけがおみごと。

ヒロインは真面目すぎるほどで、ちょっと説教臭いとも言えますが~先を知りたくてたまらなくなる物語の書きっぷりに引き込まれます。
短期間だけ実の親のプライス家に里帰りしたファニーが、めちゃくちゃな暮らしぶりに閉口するあたりも何とも面白い。
貧しくても召使いを2人使っていて、でもその女中をちゃんと仕込めないのが主婦として問題らしい。食器がきれいに洗ってないので気持ちが悪くなって食べられないファニー、だったら自分で洗えよと言いたくなりますが~この場合そういうことをしてはいけないらしい!?

エドマンドが恋するメアリは、派手で魅力的だけど実は誠実さに欠け、堕落した所がある都会の女。でも、現代の感覚からすれば、そんなに悪くないんですよ。
牧師になろうというエドマンドとは、確かに似合わないですけどね。

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このミス2008

「このミステリーがすごい!2008年版」宝島社

2006年11月から2007年10月までに出た広義のミステリの人気ランキング本です。
国内73人海外73人ずつの投票で6冊ずつ選び、1位10点、2位9点、以下~6位5点という計算法。
20周年ということですが~20年の総括は前のだったか、特集号だか、どっか他の本でやっていたような。

出た時点でぱらっと立ち読みはしたんですが~
自分が少ししか読んでいないのはともかく、上位に食指の動くのが大してなかったのが寂しかったですね。でも細かくチェックすれば、おっといろんなのがあるぞ、というわけで。

国内編1位は佐々木譲「警官の血」、2位は桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」
読んでません~どっちも図書館にずっと前にリクエストしてあるんだけど。
国内で読んでるのは…
7位の「サクリファイス」8位の「楽園」17位の「悪人」18位の「中庭の出来事」(昨日読んだばかり)
21位以下(これ以下は順位がつかない)13点以上のリストの「私の男」「吉原手引草」
ベスト10にも足りないわ~まぁ仕方ないっすね…

海外編1位はディーヴァーの「ウォッチメイカー」ハイ、読んでます!
あとは~3位の「TOKYO YEAR ZERO」を最近読んでみたけど、好みじゃなかったです。
13位「病める狐」…やっと、このへんですかね~。
15位「双生児」…去年の作品として印象的ではあるけど、どっちかというとSF。
17位「異人館」知る人ぞ知る実力派ヒルの単発物。
18位「夜愁」ウォーターズは前作でミステリの女王になりそうな勢いでしたが、これはもう普通小説~評価は高いけど。
21位以下「再起」「終決者たち」「幼き子らよ、我がもとへ」
え、これだけ?誰も投票しなかったやつで、何か読んでるかしらね~。

仮に私が投票するとしたら、国内では「楽園」1位、「悪人」2位、「吉原手引草」3位、「私の男」4位、「中庭の出来事」5位、「ちんぷんかん」6位かな。

「悪人」は連載で読んでいたためブログで紹介はしてませんが~出会い系サイトで知り合った男女の関係を描き、犯人の男は悪人とされるわけですが、これが(問題はあるけど)悪いヤツじゃなくて気の毒で泣かせます。
「ちんぷんかん」の畠中恵はいちおう巻末のリストに入ってるけど、時代物かファンタジーの要素が強いので、誰も投票しないみたいですね~13点以下なのかも。
あれ、伊坂幸太郎は?去年じゃないのか~。

海外だったら~1位「ウォッチメイカー」最近のディーヴァーでは一番気に入ったので。
2位「再起」フランシスの復活を祝して。
3位「病める狐」お気に入り作家ミネット・ウォルターズのまずまずの力作。
4位「異人館」歴史がらみだし、なかなかの出来で好感度高し。
5位「夜愁」じつは一番印象が強いんだけど、ミステリとは言い難いので、このへんで。
6位「幼き子らよ、我がもとへ」歴史物だから~ひいきしてみました。アイルランドの7世紀というのが渋い!ヒロインは清新です。

次点「警視の週末」これは女性作家のコージー系と思われてるのかも知れませんが読み応えあります。「異人館」とちょっと似た要素があって、面白かったですよ。
あら、「終決者たち」が入らなかった…う~ん?

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「楽園」

宮部みゆき「楽園」文藝春秋

あの「模倣犯」に出ていたライター前畑滋子のその後。
いちおう解決はしたものの、あまりに悲惨な事件に深く関わったため痛手を抱えてしまい、事件についてまとまって書く事も出来ないまま、9年がたっていました。
夫の両親を見送り、夫の仕事が忙しくなった後、ライターの仕事をぽつぽつと再開。
というところへ、事故で亡くなった幼い息子が生前に描いた絵を見て欲しいという女性の訪問を受けます。

サイコメトラーというのか、後に殺人事件があったと発覚した家の絵を描いていたというのです。
古風なお母ちゃんといったふんわりした雰囲気の女性にほだされて、半信半疑で話を聞くうちに、他でもないあの事件の現場の絵を見つけ、衝撃を受ける滋子。
仕事抜きで過去の事件の真相を洗い出すことに…

頭の中でぐるぐるする物を絵に描いたという12歳の少年・等の能力とは何だったのか?
16年前に、非行に走った長女を両親が思いあまって殺したという事件のあった一家の次女の依頼を受けて、滋子は周辺を当たります。
同じ頃、幼い少女が興味を持った家には… という脇筋も展開。
家族が手を離れていく時、特に我が子が道を外れた時、周囲はどうしたらいいのか。
事件は重すぎるほど重いですが、救いのある結末になっています。

「模倣犯」の続編で地味めと聞いて、すぐには手が出ませんでした。
作中人物の滋子もなかなか立ち直れなかったように…
後書きによると、作者も前作を書き上げるのに非常に苦しんだそうです。
この作品も、読んでいる途中でちょっと暗い気分に覆われました。
が、その後は何とか!事件のあった街の幼馴染み達や、滋子のダンナさんなど、元気な人々に救われました。
トータルでいえば~さすが筆力があり、目の付け所も確かな作品です。
前作を読んでいなくても読めますよ。

トマス・ハリスは楽しんでべろべろ読めちゃう(心の準備は多少必要だけど)のとどう違うかというと…
トマス・ハリスの方が登場人物に対して距離のある描き方で、エンタテインメントとしても一個の作品としても昇華されているのかな。
こちらは日本の話だから~読む側にとって現実味がずっと大きい、ということもあります。

宮部さんはおだやかで冷静な書き方をする人で、作者自身の感情や主張をストレートに出すことはしません。ただ、弱い立場の人が理不尽な目に遭うことに対する憤りは、間接的には一番感じられる所です。
今回は女性が中心なので、いつもよりも、色々な立場の登場人物と共に考えさせるような書き方になっている気がしました。

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「骨の城」

アーロン・エルキンズ「骨の城」早川書房

ハヤカワ・ミステリ文庫で出し直しているエルキンズの作品、いつの間にか8冊目。(うち一冊はクリス・ノーグレン物)
これはスケルトン探偵ギデオン・オリヴァー物の新作です。

古城で行われるシンポジウムに愛妻ジュリーが出席することになり、お供で参加したギデオンは、かっての友人とも再会します。
自然保護がテーマだからパークレンジャー(公園で遊ぶみたいだけど森林保護官とでもいうのか)のジュリーも発表の機会が与えられたのですが、2年前の学会では過激なメンバーが対立、さらに女性関係で大揉めになったことを知るのでした。
その後、当時のメンバーが行方不明に?
退屈しのぎに訪れた地元の小さな博物館に保存された遺物の中から、つい最近の骨を発見したギデオンは…

イギリスならではの中世の城を舞台に、クロムウェルの時代にちなんだ部屋の名前など、ご当地色を出しています。
最初は不機嫌で手のつけられなかった警官の人間像なども、ある意味イギリスっぽいのかな。もしかしてモデルがいるとか。
遺体探索を専門に訓練された犬も活躍し、面白く読める要素を入れています。
円熟の味ですね~。

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「サクリファイス」

近藤史恵「サクリファイス」新潮社

最近、決まったばかりの本屋大賞2位です。
候補に挙がったと聞いて読んでみたもの。
初めての作家さんで、タイトルでも見当がつかなかったけど~自転車ロードレースの話。
日本ではマイナーなスポーツで、ルールも解りにくいけど、独特なルールゆえの面白さに焦点を当てているので、だんだんに解ってきます。

白石誓(ちか)は中距離でインターハイにも出たほどの選手でしたが、本人は勝つことに意味を感じられないでいました。
チームプレーに魅力を感じてロードレースに転身。アシストに力を尽くします。

5時間以上スピードを出して走るので、先頭にいる選手は風圧を受けて消耗することになるため、競い合うチームでも先頭は時々交替するのがマナー。その辺が紳士のスポーツなんですね。
チームのエースを守るためには、他の選手がその前を走ったり、先頭集団に入って全体を引っ張ったりするという作戦をこらす。個人の成績は二の次で、エースを立てるのが、アシストの役割なんですね。

誓は、ワンマンなエースの石尾豪を尊敬していましたが、石尾には伸びてくる若手をつぶすという黒い噂が…
その真相は?
突っかかってくる同世代のライバルと共に練習し、ベテランのアドバイスを聞きつつ、世界へ出ていくチャンスに胸を弾ませ、別れた恋人との再会に葛藤し…
ぐいぐい引き込んで、あっと言う間に読ませてくれます。
別れた恋人が誓の性格を全く理解していないのが、苦みとして効いてるような…
最近ヒットが多い~女性が描くスポーツものの一つと見ることも出来ますね。

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「終決者たち」

マイクル・コナリー「終決者たち」講談社文庫

ボッシュ・シリーズも11作目ですよ~。
2007年9月発行。原著は2005年。講談社文庫は4作目~以前のは扶桑社から出ています。

3年間私立探偵をやっていたハリー・ボッシュだが、ロス市警に復帰。
迷宮入りの事件を再検討する未解決事件斑に配属され、かっての相棒キズミン・ライダーと組むことになります。
頼りになる黒人女性のキズは、ボッシュの復職に力を尽くしてくれたのでした。
チームプレーの大切さを再認識して大人になったボッシュ、かっての暴走ぶりは影を潜め、ストレートな警察官物になっています。
腐敗を一掃しようとする時代の流れにも乗っていて、アメリカでは大好評だったというのも、うなずけます。
娼婦の息子でベトナム帰り、組織に馴染まない、いぜんの独特な陰影がほとんどなくなったけど~確かに私立探偵はやりにくそうだったんで、一匹狼のようでも根っから警官だったんですね。

終決者とは、事件の捜査をクローズさせる人という意味ですね。
他のタイトルと間違えなくて良いかも。( この前の3作は「夜より暗き闇」「暗く聖なる夜」「天使と罪の街」というハードボイルドっぽい長いタイトルで区別がつきにくいのよ)
新たなDNA鑑定の証拠を手に、17年前の少女殺人事件を再捜査するボッシュとキズ。
少女の母は娘の部屋を当時そのままに、父は行方知れずでホームレスらしいという家庭崩壊した状況にあり、事件の痛みはまだ長く続いていた…いつものように目線を低く、今は子を持つ親としても共感を保ちながら、捜査するボッシュ。
当時の警察の捜査が不十分だったことを突き止め、警察内部の反発を食らいながらも、猟犬のごとき本能を発揮します。
まっすぐに事件解決へ向かうボッシュはやはりいいですね!

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「街の灯」

北村薫「街の灯」文春文庫

15歳のお嬢さんを主人公に、昭和初期の上流階級の世界を描くシリーズの一冊目。
2002年に書かれた作品「虚栄の市」「銀座八丁」「街の灯」3作収録。

女子学習院に通う花村英子は社長令嬢。
本好きで、好奇心が強く、頭の回転が速い。
華族令嬢にも友達はいるが、それよりはだいぶ気楽な暮らしぶり~といっても当然のようにお出かけには振袖を着て「ごきげんよう」と挨拶しあい、運転手や女中頭のお供がなければ外出もままならない。
学校の送り迎えをする運転手に若い女性の別宮みつ子が雇われます。これは異例のことで、父の知り合いだったから、娘に少しは社会勉強をさせるための案内役と護衛にという気持ちもあってのこと。
ベッキーさんと呼んで、すっかり仲良くなり、一緒に小さな事件を解決していきます。

世間を知るクールで控えめなベッキーさんがやたらカッコイイんです。
壮士もお坊っちゃまも圧倒する文武両道、必殺・男装の麗人?運転手!
この段階では正体は不明で、事件の推理もけっこう少女の方が中心です。
優雅さ漂う暮らしぶりとちょっと懐かしいような銀座の風景などが楽しい。
レトロな魅力がありますが、実は5.15事件とか剣呑なことも起こっている時代なんですね。江戸川乱歩を良家の子女は読んではいけないというあたりも面白い…ま、そうでしょうねぇ。
2作目を先に読んでピンと来なかったんですが、こっちが先の方が良いですね。

北村さんをアップするの、このブログでは初めてかなぁ。
初期の物は8割方読んでると思います。血なまぐさい事件がなくて、素直な女の子がヒロインで、心安らぐ感じが貴重だったから~いいんですよね。
女3人の友情と闘病中の遅ればせの恋を描いた「ひとがた流し」はとても良かった!直木賞とるべきだったと思ってます。

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「Y氏の終わり」

スカーレット・トマス「Y氏の終わり」早川書房

ミステリ的要素もある途方もないSF、哲学的ファンタジーともいえる展開。気鋭の作家の驚天動地の物語。
他人の思考の中に入り、ついには…という~ジャンルミックスという感じでしょうか。
一番近い雰囲気なのは「数学的にあり得ない」かな~。コニー・ウィリスなども連想させます。

大学院生のアリエルは、指導教官のバーレムが行方不明になったことに戸惑います。
バーレムしか研究していない19世紀の忘れられた作家ルーマスの研究のために、大学に来たばかりだったのです。
しかも、大学の研究棟が地下の構造のために崩落。
研究室が足りなくなったのでシェアすることになり、神学を研究している元神父のアダムという青年と出会います。互いに強い印象を受けるのですが…

古本屋で、もう存在しないと言われたルーマスの奇書「Y氏の終わり」を入手したアリエルは、その本に書かれているとおりにした所、トロポスフィアという異空間に入り、そこから人の思考の中に入り込む事が出来るようになります。
非常に消耗するためなのか、この本を読んだことのある人間は全て死んでいるらしい。バーレム教授もそうなのか?
奇書を狙う謎の2人組に脅かされ、バーレムを探しながら、トロポスフィアの謎を捨て身で解き明かそうとします。
思考とは?異世界があるのなら、この世界とは…?

大学の研究者達や、独り身の私生活の描写がやけにリアル。
不倫の相手とは付き合いながらも、私生活はほとんど研究のために犠牲にしている様子。家族とは疎遠で、同じアパートに住んでいるゲイが唯一の友人らしい。
アインシュタインやハイデッガー、デリダといった名前が飛び交い、かなり難しい面もあって、こちらの知識では追いつけません。それでも、エピソードが面白くて、ぐいぐい読めてしまいます。
鼠の意識の中に入ったり、敵である男の頭の中に入り込んでしまったり、寮で女子高生を探して次々に入ってみたりと、その思考それぞれが生き生きしているのが抱腹絶倒。
表紙が綺麗で、好みだわ~。

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「私の男」

桜庭一樹「私の男」文藝春秋

第138回直木賞受賞作。
本屋の店頭に平積みになっているので、知っている方も多いことでしょう。
女性だって知ったのはいつだったかな…ライトノベルを一冊読んだことがあるきりだったので、化けたな~という。何年もたっていることを考えると…知性、繊細さ、未成熟な強さなど~やはり通じる所もありますけどね。

ねっとりした文体で危険な匂いをさせつつ、わかりやすいイメージも連ねて、引き込みます。
腐野花という(とんでもない名前!?の)ヒロインが、24で苦労知らずの青年と絵に描いたような結婚をしようとしている所から話は始まります。
ただし、新婦側の親族は養父一人だけ。
震災で家族をすべて亡くした9歳の時から、遠縁の若い男性・淳悟に引き取られて、2人だけで生きてきた花。
北の海で起きた暗い過去を捨て去ろうとしますが…
孤独な2人の運命的な結びつきが描かれます。

このタイトルでこのカバー絵、父娘の話というので、ちょっと引き気味でやっと読みました。
なるほど、期待させるような色っぽさや暗さも出しているけど~意外な展開で少しずつ空気をかき混ぜ、嫌悪感まで行かないようにしてあるような印象。
現実の中でもがき、破綻していく状況でも、一途な気持ちというのは切なさがありますね。
人が人を求める原点を感じさせます。
こういう人物像を魅力があるように書いちゃうのもいかがなものか、という気がしないでもありませんが…破滅的な人間の危険な魅力?
脇役に実在感があって、ちょっとした登場シーンも読ませます。
色々な要素を含みながら、こってりと力強い文学的な空間を構築、上手いこと書けています。
ラストがこの地点というのも、なかなか。

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「時の彼方の再会」

ダイアナ・ガバルドン「時の彼方の再会」(ヴィレッジブックス)ソニーマガジンズ

ガバルドンの「アウトランダー」シリーズの3作目。
「時の旅人クレア」「ジェイミーの墓標」についで、これも3冊あります。既に9冊になるわけですね。
ドラマチックで良く書き込んであり、面白いですよ。

シリーズの発端は、第二次大戦終結直後に、夫フランクの郷里スコットランドに来た若妻クレアが、ストーンサークルで何故か18世紀にタイムスリップしてしまう。
そこで出会った青年ジェイミーと恋に落ちるというもので、イングランド人を憎むスコットランド人に嫌われたり、従軍看護婦だったので治療師として活躍するが魔女と疑われたりとさんざんな目に遭いながらも~愛を深めていきます。

[すぐ読もうと思っている方は下はさらっと斜め読みにしといて下さいね。
あまり詳しい事までネタばれはしないように書いてますけども]

続く「ジェイミーの墓標」はパリでの活躍やジャコバイトの反乱、そして18世紀から戻るに至ったいきさつが語られ、現代で夫フランクの死の後に、娘ブリアナを連れてスコットランドへ。
ブリアナに実の父ジェイミーの事を話し(最初はもちろん荒唐無稽な話として信じて貰えないのですが)、研究者のロジャーの協力を得て、200年前のジェイミーの消息調べが始まります。

さてこの「時の彼方の再会」は、タイトルで、まあジェイミーの元へ戻るのね?とわかりますよね。
でも一筋縄ではいきません~。
互いに死んだと思い、生きているとしても二度と会えないと思い込んで苦しんでいるクレアとジェイミーのそれぞれの生活がまず描かれます。

現代のアメリカで子供を生み、医者になる勉強もしつつ暮らしたクレアの日々。 実体験を込めているのか、忙しい子育てがえらく生々しいです。(夫のフランクとはあまり上手くいきませんが~フランクとしては無理もない?)
戦乱を生き延びたものの謀反人として捕えられたジェイミーの苦闘の年月と、それを辿るクレア達が描かれます。

そして、ついに18世紀に戻ったクレア。
エジンバラで働くジェイミーと感動の再会!
大柄で存在感のある心のあたたかいジェイミーは健在で、よく似た娘が無事に育っている事に感動してくれます。
しかし、20年の歳月は重く、ジェイミーが置かれた立場もまた新たな危険をはらんでいました。
ありとあらゆる苦しみが襲いかかるに近いですね~でも、手を携えて危機を乗り切り、時には体当たりでケンカする2人は変わりません。多彩な人物が登場して盛り上げてくれます。
ジェイミーの甥、ヤング・イアンが何者かの船にさらわれ、クレア達は救出のために大海原へと船出します。何と、ジャマイカまで…!
苦難の航海、疫病、意外な再会、エキゾチックな南海の自然と現地の人々、むざんな奴隷貿易と奴隷の反乱。
そして、時を越える意味とは……!?
まだまだ続くシリーズです。

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「黄金の羅針盤」

フィリップ・プルマン「黄金の羅針盤 ライラの冒険1」新潮社

フィリップ・プルマンの名作。
三部作の一作目で、一番中身が濃いです。
いぜんにハードカバーを借りて読み、重厚さと迫力に驚嘆しました。
文庫を買って読み直してますが、二度目のせいか文庫のせいか映画化された写真が載っているせいか~ずっと、わかりやすく感じます。

舞台は20世紀の初め頃(1930年代ぐらいかな)のロンドンに似た異世界。
両親を亡くしたライラは、おじである探検家・アスリエル卿を後見人に、大学の学寮に預けられて育ちます。
生来活発でおてんば、嘘の得意な~近所の子達のガキ大将的存在。
自分では知らないある運命を背負った子として、途方もない冒険に飛び込んでいく事になります。
地域の子供が謎の評議会にさらわれるという噂が立ち、友達のロジャーが行方不明になるに及んで、ライラは救出に乗り出すのです。
荒っぽい女の子がイイコになるってわけでもなく、強さを生かして難局にぶち当たっていく~果敢さが良いですね。

この世界には「よろいグマ」という知能も戦闘能力も高い白熊がいて、この中のはぐれ者イオレク・バーニソンがかっこいいんです。
イオレクに出会ってからのライラは勇敢で~後半、ぐっと盛り上がります。

この世界では人は皆、分身のような存在のダイモン(守護精霊)を持ち、常に行動を共にします。
ライラのダイモンはパンタライモンという名前で、オコジョになったりカナリヤになったり蛾になったりと便利に姿を変えます。
パンタライモンはすっごく可愛いですよ~。

ダイモンの姿はその人の本質を現していて、大人になると一つの動物の形に定まります。
探検家アスリエル卿のダイモンは雪豹。
世界を揺るがす陰謀に関わっている謎の女性・コールター夫人のダイモンは、金色の猿。
ジプシャンの中の女王的存在であるマ・コスタのダイモンは鷹。という具合です。

もう一つの特異な存在は「ダスト」
これが何かは、この世界の人達にも良くわかっていなくて、色々説があります。
一体どう転ぶのか全体像が少し見えかけた所で終わるので、ひい~って感じですよね。続きも必読です。

映画公開中。キャストはピッタリの感じですね。
児童文学の枠にはまりきらない重厚さと大胆さが~映画ではどうしてもスッキリ軽くなってしまうのではないかと思いますが…見てから読めば解りやすいかも?

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「太陽の塔」

森見登美彦「太陽の塔」新潮社

大学生の笑えて切ない失恋妄想小説。
これでファンタジー大賞を受賞してデビューしたとは知りませんでした。
ファンタジーかなあ…?そういえば、そういう雰囲気もあります。
叡山電車や百万遍交差点など、京都には名前だけでもファンタジックな場所や物があるんですね~。

主人公は休学中の5回生という~大学生といってもかなり追いつめられた状況にあります。
華のない生活で、モテない同士のおかしな仲間もいるのですが、思いは3回生の時に奇跡的に出来た恋人・水尾さんへと向かいがち。
膨大な水尾さんノートなる物を作っていて、1年前にふられたのに、いまだに彼女の行動をさりげなくチェック。自分はストーカーではないと理路整然と語っておりますが…
悪い奴じゃないんだけどねえ。
ふられるに至ったいきさつも笑えます。
まあ、しょうがないさ!若い時の恋はなかなか続かない~でも失っても恋しないより恋した方が良いんだよ、と肩を叩きたくなります。

太陽の塔、ってあの!万博のだったんですね。
主人公も水尾さんもひじょうに強い印象を持っていて、水尾さんがはまっちゃったというのがまた笑える。
あとがきの本上まなみさえもそうらしい。う~ん、まあ、確かに。
岡本太郎氏はハンパじゃないですね~。

あとがきが本上まなみなのは、作者がファンだかららしい。何しろ、主人公が自転車に「まなみ号」って名付けてるんですよ。
ちょっと「夜は短し恋せよ乙女」のヒロインとも通じる所あるし…なるほど、清楚な外見で~けっこう自然に人を振り回すようなタイプが好み?coldsweats01

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「ウォッチメイカー」

ジェフリー・ディーヴァー「ウォッチメイカー」文藝春秋

昨年発行、リンカーン・ライムのシリーズも7作目。
このミスでも文春でも海外部門1位でした。なるほど~快作です。

犯行現場に古い時計を置いていく連続殺人犯…
4日間のスリリングな事件がスピーディに語られます。
初期作品ほどの張りつめた緊張感はないけれど(あそこまで怖いのもそう何度も読むの大変だしね)~どんどんページをめくり、鮮やかなどんでん返しの連続を楽しむ事が出来ます。

ニューヨーク市警の鑑識の専門家だったリンカーン・ライムは仕事現場の事故で大怪我、半身不随となりました。特異な才能のために再三要請を受けて捜査に協力、今では彼の家は警察の支部のようになっているのでした。
動けない彼の代わりに現場に出向いて、手足となり目となるのが美しい巡査アメリア・サックス。2人は恋人になっています。
今回は、警官だったアメリアの父の過去も明らかに。

今回初登場するのはカリフォルニアから来た尋問の専門家のキャサリン・ダンス。無意識の身振りや表情で嘘を言っているかどうか見抜くという面白い才能を磨いた人。子育て中の彼女は大人の女性で、わがままな天才・ライムとも若いアメリアとも違う魅力がありますね。
所々に911以後を感じさせる展開もありました。
次回作はキャサリンが主人公の由。

ジェフリー・ディーヴァーは1950年シカゴ郊外生まれ。
雑誌ライター、弁護士を経て、1990年から専業作家に。
リンカーン・ライムのシリーズは、97年の「ボーン・コレクター」(日本では2000年の発行)から「コフィン・ダンサー」「エンプティ・チェア」「石の猿」「12番目のカード」「魔術師」そして本作となります。

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「天璋院篤姫」下巻

宮尾登美子「天璋院篤姫」(下)講談社

大河ドラマの原作、後半です。
御台所にはおさまったものの、将軍である夫は身体が弱く、たまのお渡りをただ待つしかない日々。
それでも篤姫には夫婦としての情がわいていきます。
ハリスに通商条約を迫られる中、夫・家定の急死。
それも将軍の死はしばらく伏せられる習慣で、既に亡くなっているのも知らされず、病と聞いても看病に行く事すら出来なかったのは、無念だったでしょう。そういった心の動きをぐいぐい描き込んで読ませてくれます。

次の将軍となった家茂はまだ少年で、いぜんから本丸に住んでいたので馴染みがあり、篤姫を母上と立ててくれます。
しかし、和宮降嫁で京都と江戸それぞれの女中達が対立、大奥を揺るがす騒動となります。
和宮は4年の結婚生活で同居は2年6ヶ月、これでも篤姫よりは少し長いんですね。

10歳しか違わない和宮とは、江戸城明け渡しに際して、力を合わせて奔走することになります。
晩年は、共に江戸の町見物もしたという~微笑ましいエピソードも。
国政の大変動期を内側から描いて迫力があり、面白かったです。

徳川家は一大名となり、後には公爵となります。篤姫がさっさと薩摩の迎えに応じて城を捨てていたら、扱いはもっと悪かったかも知れませんね。
跡取りを江戸屋敷で育て上げた後半生はけっこう充実していたでしょう。手狭になった暮らしも今泉で育った頃を思い出させて、大きな大名家で生まれたお姫様よりもずっと適応しやすかったのでは。
尊敬された一生だったという事で、何だかほっとしました。

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「骨の島」

アーロン・エルキンズ「骨の島」早川書房

2005年発行のスケルトン探偵ギデオン・オリヴァー物。
未訳の一作目を含めて11作目だそうです。…そんなに読んだかなあ?(順不同ですが「暗い森」「古い骨」「遺骨」「呪い!」「断崖の骨」?「死者の心臓」?~内容覚えてませんが)
同じハヤカワの文庫でも当初はオレンジ色のミステリアスプレスというシリーズで発行されていた物から、選んで赤い背表紙で出版され直している所なので、ややこしいです。
これは新訳だったんですね。

事の起こりは1960年。
イタリアの貴族デ・グラツィア家の当主ドメニコは、跡継ぎが出来ないので姪に代理出産を依頼します。
時は流れて数十年後、跡継ぎは建築業で成功し事業を拡大しています。
ところがドメニコの孫息子が誘拐され、一方グラツィア家の島で白骨が発見されます。

ギデオンは友達のツアーに愛妻ジュリーと共に参加して、当地に来ていました。グラツィア家の遠縁にあたる友達と領地の島にある邸宅を訪れ、捜査に参加する事に。
ある程度予想はつきますが~イタリアの景色や食べ物、美しい邸宅、個性ある登場人物を堪能出来るので、満足感があります。

後書きによれば、アメリカでは珍しい本格物シリーズとのこと。
え、そうだったんだ…
コージーじゃないけど、安心して読めるシリーズって印象ですね。
確かにハードボイルドでもサイコサスペンスでもないしね…
原題はGood Blood,骨ばかりじゃないのですね~。

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「チーム・バチスタの栄光」

海堂尊「チーム・バチスタの栄光」宝島社

2005年の第4回このミス小説大賞受賞作。
最近映画化もされてるので、ご存じの方も多いのでは。
阿部ちゃん主演と聞いて最初は桐生医師かと思ってしまった…それじゃ主役じゃないもんね。探偵役の設定はブサイクなのでつい。

バチスタとは平たく言えば~肥大した心臓を切り取って小さくする手術で、発明者の名前が通称となっているんだそうで。
東城大学医学部付属病院では、アメリカ帰りの天才外科医・桐生恭一を中心に、バチスタ手術のためのチームを結成。驚異の成功率を誇っていました。
ところが3例続いての死亡という異常事態に。
たまたまなのか、医療過誤か、悪意によるものか…?
高階病院長は神経内科の万年講師・田口に予備調査を依頼します。

田口公平は、不定愁訴外来という(愚痴外来と噂される)暇な部署で満足している~のんびりした男。
外科は門外漢なので、素人同然に説明を聞いていく事になります。
導入としては上手いが、結局手術中の事なら解明出来ないのでは?まして読者には解決の予想の立てようがないのでは~?
と思いつつ、読み進むと…

後半は、全く違うタイプの探偵役が投入され、事態を混乱させつつ、面白く読ませていくのです。
医療過誤を調査する組織を立ち上げようとしている厚労省の窓際役人・白鳥、才気はあるが性格も見た目も良くないという~こいつがわざと(というか自然に)人を怒らせて真相を暴いていきます。
特殊な才能があるという点ではホームズタイプになるのかな。
事件の解決は、手段はともかく、機会や動機などはだんだんと読者にも推理出来ます。
大学病院という組織内のいかにもありそうな対立や力関係あれこれや天才外科医と名コンビの部下の手術ぶりなど、こういった話に読者が期待する物もしっかり用意されています。
なるほどね~飽きさせずにスイスイ読ませるのがデビュー作にして大ヒットも納得。

映画だと田口の役を女性にして、竹内…う~ん、まあ…理解は出来るけどね。
登場人物を2回尋問して、別な面を見せるというのは映画にもしやすいでしょうね。

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「病める狐」

ミネット・ウォルターズ「病める狐」東京創元社

CWA最優秀長編賞受賞作。
2002年の発表、こちらでは昨07年の発行。
ミネット・ウォルターズはお気に入りの作家ですが~ブログで取り上げるのは初めてかも。

ドーセットの寒村シェンステッドでは、不穏な空気が渦巻いていました。
狐は次々に罠にかかり、ある子供は虐待され、深夜に嫌がらせの電話がかかり、移動生活者(トラヴェラー)達が地主のいない空き地を占拠し、権利を主張する…
トラヴェラーのリーダーはフォックス・イーヴルを名乗る。その正体は?

シェンステッドの名家ロキャー-フォックス家の問題多い子供達レオとエリザベスはとうに家を出て音信不通になっていました。
当主ジェイムズの妻の不慮の死、犯人と疑われた老ジェイムズは次第に追いつめられていきます。
前半の重苦しさを跳ね返すような颯爽としたヒロインが登場。
ジェイムズを守ろうとする弁護士マークが探し当てたのは女性軍人ナンシー。勇気百倍のジェイムズと3人で、不審な出来事に立ち向かいます。

個性豊かな登場人物が描き分けられ、さまざまな愚かさや異常さがオンパレード。善意でも行き違ってしまった辛さもあるけれども~人の交流の暖かさも希望もある…
ぐいぐい食い込んでくるシャープな現実味。
辛口だがやや薄味かと思ったが、う~ん、さすがウォルターズ!
「鉄の枷」と「蛇の形」の中間ぐらいの重さかな。
視点が変わるのがややこしいので最初少し入りにくいが、実はいかにも英国的ミステリらしい展開なのでは。
視点が変わるのもクリスティがよくやっていたことで…クリスティが読んだら高く評価しそうな気がします。

ミネット・ウォルターズは49年生まれ、92年「氷の家」でミステリ作家デビュー。「女彫刻家」でMWA、「鉄の枷」と「蛇の形」でもCWA賞最優秀長編賞を受賞してます。
巻末を見ると翻訳されていないのもあるんですね……地味めなのか?
この前の作品「蛇の形」は傑作だけど~人間の醜さをえぐり過ぎるほどで、万人向きではないからかな…?

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「ジェイミーの墓標」

ダイアナ・ガバルドン「ジェイミーの墓標」(ヴィレッジブックス)ソニー・マガジンズ

ロマンティック・アドヴェンチャー大作「アウトランダー」シリーズの2作目。
1作目はブログを始めて間もない頃に紹介したんですが、それっきりになってたんですね。再読してみました。
第二次大戦終結直後、スコットランドを夫と旅行中に、ストーンサークルからタイムスリップしたクレアが、18世紀の若者ジェイミーと愛し合う波乱の物語です。
ジャンル的にはファンタジーですかね…歴史物の醍醐味があります。
作者は長年大学で教えた人で、細部までよく書き込んであり、臨場感たっぷり。

200年前、イングランドはカトリックの王を追放し、娘夫婦メアリとウィリアムのハノーヴァー王朝になっている時代。
スコットランドはカトリックの王を戴いて、反乱を起こそうと動きます。
クレアとジェイミーはスコットランドを出てパリで暮らし、悲惨な敗戦になるとわかっている戦闘に巻き込まれるのを食い止めようとするが?!
運命は…
現代に戻って娘を育てたクレアの回想という衝撃の展開!?まだまだ続くシリーズです。

↓以下、ややネタばれになりますので、これからすぐ読もうとしている方はご注意!

貿易商の叔父の元で暮らすクレアとジェイミーは、宿敵が生きていた事を知り、動揺します。
クレアは宮廷に出入りしつつ、治療師としても活躍。
ルイ15世の宮廷やワインの輸入商売、怪しげな薬草医など、歴史物の面白さと、スリルに満ちた恋愛描写がたっぷり味わえます。
ジャコバイトの乱が起きるのを防ごうと動いて、いったんはハイランドに戻って平和に暮らしますが、事態は急転!

反乱軍に加わるしかなくなったジェイミー達の軍勢は、戦争の実際を知らない指揮官ボニー・プリンス・チャーリーに振り回されます。
イングランド軍に追いつめられた時にイングランド女性の捕虜を装い、ジェイミー達を逃がすクレア。
預けられた先は何とどっちの味方かわからない曲者・サンドリンガム侯爵の館。パリで親しくなったメアリとアレックスとの思いがけない再会…
現代の夫の先祖にあたる一族と関わることで、歴史を改変してしまうのかと悩むことになります。
クレアが現代に戻されるいきさつ、全てを話した理由とは!?怒濤の展開です。

「アウトランダー」シリーズは本国では6作出ている模様。
こちらでは文庫で各3冊ずつ~邦訳タイトルでは「時の旅人クレア」「ジェイミーの墓標」「時の彼方の再会」「妖精の丘にふたたび」と続いているようです。
雰囲気はゴロン夫妻の「アンジェリク」が一番近いかな~。
面白いです!

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「着物をめぐる物語」

林真理子「着物をめぐる物語」新潮社

着物をめぐる11の短編を集めた物。
それほど厚くない文庫ですが、中身はねっちりと濃いめ。
章ごとに着物の写真もついて、ムードを盛り上げます。

「松の緑」は加賀友禅作家の父に反発していた娘がいつしか跡を継ぐ事になる話。加賀の芸者の出の衣装…すごそうです。
銀座のマダムが店を持つに至る回想の「形見」、戦時中に着道楽を通した姉を妹がひややかに語る話、若い女優が初めて時代劇映画に出た時の着付師の話など。
すべて聞き書き風の一人称です。着道楽で知られる作者の思いも感じられますが、実際に取材もしたのでしょうね。

歌舞伎座の衣装方が語る、大部屋のむんむんするような独特の熱気など、面白かったです。
衣装は毎日けっこう汚れてしまうので、まず霧吹きで汗をとばす、この加減が難しいというのに納得。乾いてからベンジンで汚れを取るそうで。
着た着物にはやりたくなるけれど、水で濡らすのは素人には無理ですもんね。

ねっとりして、ちょっと恨みがましいような、ほのかに残酷な気配が漂う、念入りに仕立てた着物ならではの怨念めいた想い。
女を夢中にさせる力を「こんなことがセーターやスーツで起こるでしょうか」と言われると、確かに…そんな気も?
古着屋さんで買うのが、ちょっと怖くなるような。お手ごろ価格のには大した念も入ってないから大丈夫かな~。

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「奇跡の自転車」

ロン・マクラーティ「奇跡の自転車」新潮社

主人公のスミシー・アイドは43歳の男性で、126キロ。
昼間は単調な仕事をこなし、夜はビールを飲んでテレビを見るだけの生活をしていました。
両親の交通事故をきっかけに、衝動的に家を飛び出します。十代の頃に愛用していた自転車で、姉のべサニーが最後にいたと知らされた土地へ向かうのでした。

姉は精神を病み、ハイスクールの頃から時々「あの声」が聞こえてくると奇怪な行動をとるようになっていきます。症状は痛々しいけれど、どこかしらユーモアもあり、重すぎない筆致で描かれています。
発作の起きていない時期には美しく魅力的だっただけに、家族は希望を抱き、はらはらと見守り、振り回されて、へとへとに。
ついに行方が知れなくなった後は、両親も弟スミシーも次第に無気力に…
これが自転車で旅するうちに、自然に痩せて来るというおまけ付きのロードノベル。

主人公は出会う人々にはホームレスかと誤解されますが、善意の人も多いのでした。
奇妙でおかしな、やがて切なくなる展開。
付き合いが途絶えていた幼馴染みのノーマとの電話での繋がりもあり、ほのぼのします。
風邪のひきはじめにはチョイ無理だけど~治りかけの時に読むにはちょうど良かったです。

作者は長年投稿を続けては没になっていたそうで、これが大ヒット。
主人公と同じ年頃に両親が交通事故にあった経験を元に、後に書き上げて、亡くなった糟糠の妻に捧げた作品です。

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