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おすすめ本

「動かないと人は病む」

大川弥生「動かないと人は病む」講談社現代新書

最近体力が衰えた人、身近にそういう人がいる人、介護に携わる人、読んでみてください。
警鐘を鳴らす本です。
生活の仕方で病気になってしまう~現代病の一つとでも言いましょうか。

病気した後に長く寝ていたら、どんどん体力が落ちてきて、頭もぼけたようになってしまうことがあります。
高齢者に多いけれど、入院した後の子供にも起きるそう。
動くことが減ったのがそもそも病気の原因になっていたことすらあると。
自分が1月前半は寝込みがちだったので、ちょっとドキッとしました。
まあ~少しずつ動けば治っていくってことですよね?!

寝たきりでいると筋力があっという間に衰える、使わない脚は歩けなくなる、というのは廃用症候群として知られていました。
ただこれだと、意味が狭すぎる。
それに言葉のニュアンスが悪くて、嫌な顔をされてしまうそうです。

長い付き合いの友人が亡くなって一緒に出かけることがなくなったのが主な理由で、だんだん出かけることが減った、など。
ありそうですねえ・・
高齢なだけに、本人も回りも仕方ないと思ってしまう場合もあるのが問題だと。
漠然と「できるだけ動くようにして」と言っても、本人の判断に任せると、あまり変わらない場合もあるわけで。
「頑張って」と言っても、本人が頑張らないのがいけないみたいになってしまう。
本人も周囲も一緒になって、楽しい目的や関心事をふやしていく。
動きやすいように工夫し、ちょこちょこ動くことを少しずつ増やしていき、元気が出れば、そういえばあれもやりたかったと気づいたりして。
充実した生活にすることが大事だと。

寝たきりではなく座っているから大丈夫と思い込んで、それ以上に身体を動かすことはさせていなかったり。
家事をしてあげるのが介護だと思って、出来そうなことまで何一つさせていなかったり。
そういうことで、生きがいや充実感が減ってしまい、動こうという興味もなくなっていく場合があるそう。

・・え、うちの親の場合は・・・?
とちょっと疑心暗鬼になりましたが~まあとても一口では言えません。
あれこれ工夫して大奮闘してきたので、長期にわたってのそれはなかったと思いますね。
ただ本当に、故障が出来て高齢になってからの対応は難しいです。
そういう問題じゃない場合の限界もある、とは思いますね。

介護保険で、デイサービスに通うのは、とても良いことだと思います。
自分で出かけて外食を楽しむようなことが出来なくなった場合、老人のことをわかってくれる場所に出かけるというのは。
家にリハビリに来てもらうのも、とても助かりました。
家族が言っても、なかなかいつも言うこと聞くってことはないですからね。
少しは家族で出来ても、よその人に会う、自分のために来てくれる人がいるというのも刺激になって、いいんですよ。
こういうやり方があるのを知らないまま、家族だけで対応していると、無理が出るんじゃないかと思います。
最初は抵抗を示す高齢者も多いですけど、ケアマネージャーを家に呼んで「みんなやってますよ」と専門家に言ってもらうと、いいですよ。

急なことで

せっかくの休日に驚かせてしまうかもしれません。ごめんなさい。
じつは昨日早朝、父が亡くなりました。

前立腺ガンと診断されてからはかなり長いのですが、高齢なので進行は緩やかでした。
途中かるい脳梗塞もやりましたが、リハビリを頑張って少しずつ歩く歩数を多くし、万歩計をつけて千~2千と歩数を伸ばしていき、80代の数年で一日1万歩を越すようになりました。
母がリウマチなので自分ががんばらねばという気持ちも強かったようです。
何度か母が入院したときは良く見舞いに通っていました。
2年前の春、母がいよいよ助からないと思う頃から、ガンに追いつかれてしまったようでした。

2年前の夏にはガン転移が始まって痛みが強くなり、寝たきりになりました。
母が逝った後に、市立病院で3ヶ月入院、落ち着いたということで老人病院へ移りました。
新しい薬が合ったのと、老人の看護に慣れた人のいる専門病院でのおだやかで明るい環境が良かったらしく、まもなく車椅子に座れるようになりました。
リハビリも頑張って、つかまり立ちが出来るようになり、車椅子の乗り降りを楽に出来るまでになっていました。
転院後1年4ヶ月ほどは、元気になる一方という様子だったのです。

精神的には、だんだん夢と想像が入り混じったような不思議な話をするようになっていましたが、自分がどこにいる誰で家族が誰というようなことはずっとはっきりしていました。
家にある服や作品(素人のです)を売れば高いお金になるというような勘違いや、つじつまの合わない話も、感情的には家族のことを考えてのことでした。
この6月頃から時々熱を出したり、不整脈が一時的にあったり、月に一度ぐらい変調がありました。

11月はじめまで刻み食を食べ、兄嫁が持って行ったシュークリームも平らげる元気さだったのですが。
その後、痛み止めを強くしたら眠っている時間が長くなり、ゼリー食になりました。
火曜日までは食べていました。
火曜日の夜に酸素マスクをつけて少し持ち直したようだったのですが‥

急な電話で駆けつけたときには、もうひっそりと安らいでいました。
「どうしたの」と撫でたらとても暖かくて、顔色もそれほど悪くなくて、一瞬持ち直したのかと思ったほど。
予想より急だったので、実感がわきません。
2年も入院していて高齢なのだから、客観的には急でもないのでしょうが。
母のときは身動きも食事も容易でない状態が長く、もう少し違う延命治療をしていましたし、何度もはらはらしていた後なので、涙涙でしたが‥
父の場合は根が丈夫な人で意思も強くて、生命力がまだありそうに思えたのですが、母より7歳高齢なためか心臓に来ていたようです。
目も悪くなって生きる喜びが減ってしまったから、そろそろこれまでと決めたのか‥
相談していると、「おいおい、そっちじゃないだろ」とか父が口を出してきそうな感じがします。

とうとう親が二人とも‥
ずうっと一緒に暮らし、出来るだけ長い間、家で普通の食事を美味しいと思って食べてもらえるようにと、ここ何年も家事介護が生きがいのようであったのに。
考えているとくらくらしたり、胃がひっくりかえりそうになるので、できるだけ考えないようにしています。
連絡は兄に頼み、兄嫁に相談に乗ってもらいながら3人一緒に何とかやっています。
しなければならないことを少しずつ休み休みこなしていくうちに、日薬で落ち着いていくのでしょう。

じつは

母が亡くなりました。
もう一月以上前から、いつ急変してもおかしくない状態と聞かされ、急変したと言われて駆けつけたことも2度。
今回は持ち直せませんでした。
私が着いたときには心電図はもう…
でもすべてが止まってはいないそうで、確認は少ししてからになりました。
穏やかな顔で、柔らかい手でした。

父の具合が悪いので、何も言わずに一人で駆けつけ、後から来た兄と一緒に、父のいる自宅へ連れて戻りました。
兄嫁が先に行って話してくれていました。
猛暑の盛りを、よく頑張ってくれたと思います。

リウマチで手足の先が変形し、歩くのが不自由で、十年以上前から身障者指定を受けていました。
去年はどんどん要介護度が上がり、家族が追いつけないほどでした。
介護が本格化してから数年、何度も「今が一番幸せ。私の老後は幸せだ」と言ってくれました。
食事できなくなってから1年近く…苦しみを長引かせているのかと悩んだこともありましたが。
この間持ち直したときには、本当に嬉しくて、晴れやかな気持ちになりました。
生きているのはやはり尊いことなのだと実感させてくれました。

一緒にいた楽しい思い出がたくさんあります。
どこに行っても美人といわれた母でした。
(私は似ているけど、レベルがちょっと落ちるの)
若い頃はとても器用で、何枚も私の服を作ってくれました。

数日はお休みすると思います。
その後は、用意してある記事でぼちぼち続けたいと思います。

「介護うつ」

清水良子「介護うつ」ブックマン社

「お姉ちゃん なんで死んじゃったの」が副題。
清水由貴子の妹さんが書いた本です。
親の介護をしている身には、人ごとではない事件。
愚痴もこぼさずに笑顔で頑張っていたら清水由貴子になってしまう!と彼女の自殺報道を知ったときに思いました。
今後もっと辛くなっていくことを見せられるようで、すぐにはとても読めませんでしたが…
今はもう超えたぐらい大変になってきてるから?(母は胃ろうのために入院中)ある意味では意外に大丈夫。
由貴子さんが描いたカラフルな絵手紙などもたくさん収録されていて、めんめんと暗いことが書かれているわけではなく、妹さんもしっかりしている印象です。

清水家は父が早く亡くなり、母は長いこと病身。
子供の頃から介護していたようなものだったというのは特殊ケースかも。
女三人で肩を寄せ合うような~仲のよい暮らしぶりだったのですね。
長女の由貴子さんは年の離れた妹の面倒もずっと見てきて、相当、責任感が強かったようです。
真面目で頑固な人は要注意ですよ~。

デイケアを週5日利用していたんですね。それはいいと思うけど…
胃ろうは拒否し、階段に手すりをつけることも姉が断ったのだそうです。
そういうことが後に追いつめることになったのかな。自分で出来ると思いたかったんでしょうね…
これ以上は無理と心が折れる瞬間がどこで来たのか。
お母さんと別れることも悲しかったんだろうな。
この時期がスゴク辛いことはよくわかるんですよ。
これしかないと思い詰めてしまい、「うつ」だとは自分では気づかなかったんでしょうね。
残された人がどれほど辛いかが見えなくなっている、それは「うつ」だと思うんですよ。

時々悲しそうにしていることが増えては来ていましたが、日常は明るく、当日も笑顔で出かけたのだとは。
だから~介護うつと報道されたけれど、うつというのが妹さんには実感としてわかりにくかったそうです。
何かきっかけがあったら思いとどまったのでは、と思うのが哀しい。思いとどまったという手記だったら良かったのにね。

介護する人間を見守る目が必要だったとだんだん理解した、自分はその目になれなかった、という痛切な後悔。
妹さんも同居で、仕事時間を姉とずらして夜間勤務にするなど、介護をしていないわけじゃなかったんですよねえ。
お母さんのことは自分がちゃんと見るからねと妹さん。お母さんは今は病院にいるそうです。
由貴子さんの場合は子供の頃から介護していたので、ある意味、もう生ききったということだったのかも知れません。

母のバースデー

Vfsh0034先日、母の誕生日がありました。
近所のケーキ屋さんマロニエで、ふたつケーキを買ってきました。
Vfsh0035まずは、ローズのババロア。
生花がついているのが女らしくて~誕生日ぽいかな?と。
Vfsh0038こちらはカボチャのプリン。
季節柄、こんな容れ物に入ってます。
プリンなら確実に食べられるから。
温めてとろみをつけた紅茶と、栄養ドリンクをゼリーにした物と一緒に。
バースデーの歌も私が歌ってあげました。

午後には、リハビリの先生がちょうど来る日で、母の信頼している人なので、楽しそうに過ごせました。
大柄な男性で、かるがると車椅子に移してくれるのです。
車椅子で窓際まで行き、庭の花を眺め、私がサルスベリと彼岸花とオカトラノオを切ってきて、テーブルに生けました。
花を生ける余裕も最近なかったので、久しぶりのこと。
それから、猫を抱っこしてベッドまで連れて行き、「にゃあん」とお祝い。これには母もにっこりhappy01
今年4月に要介護度5になった母。
7月に脱水症で入院、8月末に退院してからも微熱が出やすく、食事をとるだけでも大変でした。
嚥下が困難になっていて、ゼリーのような物しか飲み込めないのです。
数日は点滴にも来て貰いましたが、最近ようやく点滴はなしでも行ける感じになり、ほっとしています。

「介護と恋愛」

遙洋子「介護と恋愛」ちくま文庫

実体験を書いたもの。
痴呆だが一見元気な父親の介護という大問題に直面した著者。
兄嫁から電話がかかっては駆けつける状況で、恋愛も同時に始まっていたのでした。

たたき上げの強烈な父親は、なかなかお洒落で実力もあるが、暴力的で酒を飲むと最低男に。
筆者は中学生の頃に売春婦とののしられて髪をつかんで引きずり回されたこともあるという。ブラジャーが欲しいと言っただけで。
その父に新婚の頃から酷い目に遭わされたために、介護はしようとしない母親。
6人も兄弟がいるというと実は夫婦仲がいいんでしょうと思われがちだそうですが、暴力の果てのセックスだとは…強烈。

いまどき家族の人数が多く、6人兄弟と妻たちで協力して介護できるのは、かなり特殊ではありますが…
交代で世話をするにしても、週に一度の休日がつぶれ続けたら、かなりしんどいですよね。
遊んでいても罪悪感にかられて気が休まらず、結婚を考える相手とのデートでも、親を放っておいているという気がしてくるとは。
介護の重さという点では、人数にかかわらず、共通したものもあると感じました。

もともと家はなにが起こるかわからない場で、父は人格が崩壊していたから、痴呆で別人のようになるというショックだけは受けずに済んだとか!
仕事と恋愛と介護とは、金とセックスと道徳だ、というのが何とも。
ぐいぐいと強い筆致で書かれています。
爆笑エピソードも。

同時期に、留学先で知り合った彼氏と再燃。
紳士的で優しいのが良かった~恋人のただし。
身近にない良さだったわけで、これが、大阪の仲間とはノリが合わずに「おかまか」と言われたという。
終章で、恋は介護と共に去りぬ、というのがまた何とも。
自分の親の面倒を見て欲しいというプロポーズに愕然…そりゃ、そうだわ。
…男性にしてみれば、悪気はない…?
好かれるために相手の好みに合わせようとふるまっていたのが、そもそも失敗だったとか。深いですね~。

介護な日常

暑さのせいか?介護ストレスか?頭が働かないので~
現状報告をちらっといたしたいと思います。

うちの母はこの数年、要介護度2でしたが、昨年3になりました。数の多い方が重く、5まであります。
昨年11月頃から自力でトイレに行けなくなり、夜中にも起こされて介助する状態に。
12月には寝室にポータブルトイレを入れましたが、ベッド脇に置いてももう自分一人では行き着けなくなっていました。
介助するには距離が短くなって助かってはいましたが。

介助が増えたために、1月には父がぎっくり腰に。
母よりも高齢で、病気もありますが、基礎体力があって元気な父です。昨年まではかなり母の介護に力を尽くしてくれていたのですが。
10日後、一人で介助していた私もぎっくり腰に。
それまでは介護保険もそれほど利用していなかったのですが…
急遽、連日ヘルパーさんが入る生活に変わりました。
介護保険の限度以下に治まっていた介護費用も、一気に跳ね上がりました。

今年の4月からは要介護度5。最上級というか、いわゆる寝たきり~ですね。
4月はじめに更新の申請して5月末に結果が出るという遅さでしたが、変わり目は申請の日からなのだそうです。
おかげで、4月5月6月は限度内に治まりました。
というのは~1割負担で、ほぼ3万8千円以下という感じです。

母は自分では全く起きあがれないけど、介助して毎日3回椅子に座ってテーブルについて食事をしてました。
車椅子でテレビの近くに行って、いつもの番組を見たりもしていました。
できるだけ自分の家で家庭料理を美味しいと感じて食べて貰いたいと思って、身体に良さそうな料理をする毎日。
1月頃にはまだ半分は母が自分で食べられていましたが、だんだん手に力が入らなくなり、4月には8割ぐらい介助が必要になっていました。

7月下旬に8度2分の熱が出て、水もむせてしまって飲めないので、近所のお医者さんに相談の上、救急車を呼び、入院しました。
脱水症と高カルシウム血症ということでした。発熱は、誤嚥で肺炎の疑いもありました。
きっかけだったかもしれないのですが、肺炎は悪化しなかったということです。
飲み込みが非常に悪いので、他に何か病気が隠れているかも知れないから、様子を見ながら幾つか検査をするということでした。
喉に腫瘍がある可能性もあったのです。それは大丈夫でした。

うちの母はリウマチで、10年以上前から身障者の認定を受けています。
40歳の頃から始まり、若いうちは軽かったのですが進行性とわかっていました。悪性リウマチではないのですが…
母は字が綺麗で、長年書道もやっていました。今では昔のこととなってしまいましたが。
関節が痛み、手足の先がだんだん変形して、どんな靴も履きにくい状態。
数年前まで10年ぐらい、一人でゆっくり歩くことは出来るけれど、転ぶと自力では立ち上がれないという状態が続いていました。
要介護度2になった頃は、一人ではもう無理があって危ない、手すりや人の支えがあれば少しは歩ける、というぐらいになってからでしょうか。
手も悪いので、杖は長くは使えませんでした。

飲み込みが難しい原因は脳の縮小にあるらしい…
レビー小体型認知症(アルツハイマーではないということ。脳にレビー小体というものが出来て、幻視がおきるのが特徴)もあるので、そのせいというか。
これだと治せないと言われました…つまりは老化でしょうか。
少しリハビリして座れるようになってから退院という話だったのですが…
これ以上は良くならないだろう、むしろ寝たきりのために悪くなるかも知れないと言われて退院しました。
こちらの体調も良くないので、家族で介護できるかどうか不安でしたが。
ぼけが進行しそうな感じもあったので、そろそろ限界ではあったかな。
自分が誰かとか、そういう基本的な所では全くぼけていないのですが。
病院がどこにあるのか、わからなかったようでした。今も時々、夜なのか朝なのか、久しぶりに会う相手が誰なのか、といったことは混乱しているようです。

先週退院しましたが、介護のやり方がこれまでと違うので、こちらはほっとする間もないぐらい。
母の状態も、大抵36度6分から37度ぐらいまで少し熱があり、7度を越したことも3回ぐらい。
本人は寒いと言うこともあるので、風邪気味なのかどうか迷うのですが、どっちかというと、脱水症の傾向のようです。
月曜日には久しぶりに訪問入浴で、お風呂に入れて貰うことが出来ました。午前中は熱があったけど、ほぼ下がったので、むしろ入った方が良さそうだということになって。
何もないようで手配にも準備にも色々あって…こちらは後でめまいを起こしてしまいましたけどね。

飲み込みに難があるので、水にはそれ用の粉を入れて、とろみをつけていますが、それでもなかなか大量には飲めません。
ゼリーなら喉を通りやすいので、毎日何度もゼリーを作っています。
温度調節や、扇風機の向きの注意、飲み水作り、ゼリー作り、洗濯、下の世話、ヘルパーさんが来たときにも補助が必要なら加わり、と忙しい毎日です。なかなか要領がわからなくて…
老人用の柔らかいレトルトなどもだんだん利用するつもり。
今朝も起きるなりおかゆを煮始めて、気づいたら水の一滴も飲んでなかったり。こっちがうっかりすると倒れそうです。

今日は7度5分になったので往診して貰い、膀胱炎の可能性があると薬を貰いました。
これで治るといいのですが…
確かに寝たきりというのは、膀胱炎は起こしやすそうな状態なのですよね。

追記:午後に7度9分と熱が上がったので、入院していた病院へ相談し、救急車でそちらへ。
点滴を2時間受けて、落ち着いてきたので帰宅。てっきり数日は入院すると思っていたので、ビックリでした。
車椅子も無理そうなので民間の救急車のようなのを頼んで帰ったら、高額なのでまたビックリ。寝て帰るのは大変なのですね~。

さらに追記:昨日(9日)まで、連日、点滴を受けていました。
かかりつけ医と訪問看護師さんと交代で。
熱は少しずつ下がってきましたが、食べる量があまりにも少ない日が続いていました。
昨日からはいくらか食事が出来るようになったので、今日は点滴を休みました。
明日の様子によってはまたするかも知れません。

「パパはマイナス50点」

小山明子「パパはマイナス50点 介護うつを越えて 夫大島渚を支えた十年」集英社

タイトル通り、介護体験記です。
介護の本で、自分がうつだったときの心境を語っている本って、意外に少ないかも。
ありありと書かれていて、わかりやすく読めました。

夫・大島渚、が突然倒れて闘病生活に。
最初は映画制作を公表したばかりの時期ということもあり、騒ぎになることを恐れて、妻なのに駆けつけることが出来ず、公然と出入りできない寂しさ。
身体に気をつけてあげることが出来なかった、今も役に立たないと自分を責めて、うつ状態になり、死まで考える状態に。
家族が心配して入院、それも閉鎖病棟だったそうです。
退院後も自分は病気ではないと感じていて、薬も飲まないでいたとか。

しだいに事実を受け入れ、友達も出来て、対応できるようになっていきますが‥
夫が話を聞いてくれる人で、何より大事な存在だったため、近所に友達が少ないのも孤独になった原因だったとは。
悪意のあるチラシが、郵便受けに投げ込まれるという、有名人の辛さ。
「夫が大変なときに妻がしっかりしないとはもってのほか」という批判もされてしまう。
昔はそういう教育だったんでしょう。

ちょっとした介助にも、いつも「ありがとう」と口に出してくれる夫だったとは、いいですねえ。
収入のない若い監督の夫を支え、映画作りの費用まで稼ぎ出していた妻ですからね。
妻はいつも、女性として何よりも欲しい「評価」と「信頼」をしてくれた、と夫が書いていたとは。後から読んで、遅れて届いたラブレターのように感じたそうです。
妻の方も、支えて育てて貰った気持ちが強い、というのは何よりですね。

三度目の入院で、もう歩けるようにはならないだろうと言われた大島がさすがに荒れる。
しかし1年後には、20歩、自分で歩けるようになったとは。
荒れているときも、ユーモアで「昨日のパパは百点満点だったけど今日はマイナス五十点よ」などと言って笑わせ、怒りを静めるとか。

自分の健康のために水泳教室に週に一度は通うようにしましたが、出かけるときには長年勤めてくれた家政婦さんに「夫をほうっておくなんて」と言われるそうです。が…もう気にしない。
夫に見える通路に季節の花を生けて、車椅子で家族旅行にも行き、おじいちゃんは凄いのよと孫にも教え、身体が不自由になったことは夫の尊厳を損なう物ではないと考える。
後半の明るさは、ビックリするぐらい。

「おひとりさまの老後」

上野千鶴子「おひとりさまの老後」法研

独身だと「サビシイでしょう」「老後はどうするの」と聞かれ続ける…
でも大丈夫ですよ!という本。
第一、夫はほとんど先に死ぬので、専業主婦も最後は一人よ?
おまけに、子どもと同居はしない方が幸せですよ、と…

独身女性は働き続けて税金も払ってきたし、年金もありますから、と。
どこでどう暮らすか、誰とどうつきあうか、お金はどうするか、どんな介護を受けるか、どんな風に終わるか?
数々の先輩方の実例を挙げながら、例えばこんなのもありますよと解説。
今の時代、子どもの数は少ないから、案外家を持っている人も多い。
親ほど収入のない子どもの世代も、親の家を受け継ぐから何とか食べていけるでしょう。

いやあの…今の時代の貧困の問題はどうなるんですかね?
仕事に恵まれない若い人に切迫感がないというのは…フランスのようにデモや暴動が起きないのは、日本人はそういう行動しないようになってるからだと思うんだけど。全共闘とか空しかったみたいだし、みたいな。
学校では成績は競争だし、目立ったらいじめられる。コースからはみ出したと感じたら、その苦しさは引きこもりや自殺の方向へ行くんじゃないかな…たぶん。

社会学者にしては楽天的な気もするんですが。
まあこれは、そういう趣旨の本だから。
もうすぐ老後?を迎える世代に向けて、1つ1つ不安を取り除いていきましょうという姿勢は、良いと思いました。
なるほどね。

著者は1948年富山県生まれ。京大社会学博士課程修了。数々の助教授、客員教授を経て東大大学院教授。
専門は女性学、ジェンダー学でこの分野のパイオニア。
2007年7月発行。

「シズコさん」

佐野洋子「シズコさん」新潮社

絵本作家・エッセイストである作者。
実母との葛藤を描いたもの。エッセイというより自伝というべきでしょうね…

強烈な性格でたくましい母シズコ。
いつも身綺麗にしていて、若く見えた母でした。
家事はいたって有能なのですが、文句が多くて身内や弱い者への情が薄いところがあったようです。
作者は学問好きな父親に似て、現実的な母とはまったく気が合わないのですが。

(家族の服を縫ったり、夫の同僚や部下のもてなす料理をこなしたり、というのはうちの母の若い頃にも似ています。
年代はずれていますが、似ていない母娘というのはちょっと通じる点もあってドッキリ。幸か不幸か、母も娘もこれほど強烈ではないですが)

作者は長い反抗期の後に家を出たきり、戻らなかったそう。
結婚後は距離が離れていたためにかなり平和な年月が続きましたが、内心は母を愛せない後ろめたさがあったようです。
晩年になって長女らしく何年か引き取るのですが、三度の食事を一緒にしただけ。
老人ホームに入れた後、親を捨てたという気持ちにさいなまれることに。

戦前に中国大陸へ渡り、終戦後2年で引き揚げとは、大変な幼少期だったんですね。
7人の子どもを抱え、うち3人をなくした母というのも大変です。
子どもの頃に母に辛く当たられていた時期があり、それが母を愛せない原因だったのでしょう。帰国後に慣れない田舎暮らしをしていた時期だったそうです。
ところが、引っ越して、いじめがやんだ後は何年か、そのことをすっかり忘れていたというのも現実の不思議さ。

後年、母は一緒に暮らしていた息子の嫁と折り合いが悪かったのですが、離れている家族は皆、きつい母親だから揉めるのだと思いこんでいたとか。
ところが真相は、嫁のほうにもかなり言動に問題があって~大げさに言っていたのではなかったと後にわかったり、なんとも…

きょうだい達は出来ることはやっていたのだし、妹が優しく親孝行していたのだから、それぞれの役割は果たしたんじゃないのかな。
ぼけてきた母との和解は、感動的です。
ぼけてきて、性格のトゲが抜けたようになり、物忘れがひどくなっても、ふと理解を示したり、思いがけない言葉を言ったりもするのです。

著者は昭和13年北京生まれ。
2008年4月発行。

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