フォト

おすすめ本

« リボンとレースのアメリ | トップページ | 「八重の桜 前編」 »

「この世をば」

永井路子「この世をば」新潮文庫

藤原道長の生涯を描いた小説。
自信満々の傲慢な野心家というイメージがあるが、平凡で穏やかな人間として描いています。

その時代で一番の権力を築き上げた父・兼家の三男に生まれた道長。
恵まれた立場ではありましたが、年の離れた長兄・道隆の才覚や、次兄・道兼の激しさは持ち合わせない。
事実、若い頃の出世は遅く、長兄の息子で8歳下の伊周に追い抜かれます。

姉の詮子の後押しで、22歳のときに、左大臣・源雅信の娘・倫子と結婚し、運が開けていきます。
当時は婿が妻の実家に通い、その一員になる感覚で、姑に着物を用意してもらったり、舅からも援助を受けるのが当たり前なんですね。
詮子は、円融帝の妃で、一条帝の生母。
一条帝の時代になった後は押しも押されもしない母后として、政治を動かす力も発揮していきます。
第一皇子を生みながら、皇后になることは出来なかったという屈辱も実はあったという。ほかの女性を皇后に立てたということは、そちらのほうを愛していると天皇が公言したも同然ですからね。

ほとんどの要職を藤原氏が占める時代。
親戚はみな競争相手なのです。
とくに摂政・関白になるには、天皇との血縁がものをいう。娘を入内させ、皇子をもうけて次の天皇の外祖父となるのが道筋。
年頃の娘がいなければ話にならず、娘がいても無事に入内出来るかどうか、皇子を生めるかどうか、それまで自分が生きていられるか、と次々にハードルがある。
長兄の道隆でさえ、娘の定子が一条帝に愛されましたが、孫が天皇位につくまで生き延びることがかなわなかった。

道長の場合、30歳の頃に、自分よりも上位にいた人間が次々に疫病で世を去った。
道隆が関白、道兼が右大臣だったときは目立たなかったのに、翌年にはこの二人ともが亡くなってしまう。美食もたたったらしいけど。
ほとんど転がり込んだ出世だったんですねえ。
時々強引なこともしているので、平凡とまで言っていいのかという気もしますが。

平家も同じようなやり方で権力を握ったけれど、続かなかった原因はなんだったのか?などとふと思いました。
徳川家が大奥に身分を問わず女性を集め、側室の実家がそれほど実権を持たないようにしたのは、外戚の強大化はまずいと歴史に見習ったからなんでしょうね。

995年、道長は右大臣となり、同時に藤原氏の氏の長者に。
それでも、伊周の妹の定子は一条の中宮で、安定した仲。
伊周は博学な才子で、公卿の会議の席で道長をやりこめることもあったほど。
伊周の弟・隆家はまだ17歳だったが気が荒く、花山法皇との間に事件を起こして墓穴を掘り、兄とともに都から放逐されてしまいます。(花山法皇は兄弟の父・道隆の計略で天皇位を退いた人物でまだ29歳だった)

道長は娘の彰子がやっと入内できる年齢になったので、さっそく一条天皇に入内させます。
ところが、兄弟の不祥事で一度は尼になって退いたはずの定子が、妊娠しているとわかり‥
道長は一条と政治的には協力体制でしたが、妃たちを巡っては何かと力の押し引きが始まります。
道長がただ強引だっただけではない、複雑さが読みどころ。

雅な歌会や華やかな行事のかげに、疫病の恐怖、付け火による火事も度重なる時代。
朝廷の人間は庶民のことなど考えず、出世競争に明け暮れていました。
内裏が焼ければ再建費用を出したり、自分の屋敷を進呈したりするんですね。
一条天皇は道長が進呈した屋敷を気に入り、内裏再建後もよく滞在していたという。
天皇一家が貴族の屋敷に行幸した後は、その褒美として位階が昇進するってのが、すごい。
大病をすれば呪詛のせいと思い、治すには祈祷だけが頼り。天皇家の人間の病気には恩赦が行われる時代。
伊周、隆家も恩赦で都に戻ってくる。
道長も病気をすると気弱になり、引退を口走ったそう。

彰子が二人の男子を出生し、道長は栄華を極めることとなります。
だが関白になると別格となって公卿の会議に列席できなくなるため、関白の座につくことはなかったという。(御堂関白は俗称)
実資といううるさ型の人物が「小右記」という当時の記録を残していて、その視点がところどころ挿入されているのが面白い。
藤原氏の本流の嫡男という意識があり、教養もあって、九条流の三男でしかない道長に批判的で、何かと意地悪なことを書いたり悔しがったりしています。
事態の推移が良くわかり、面白かったです。

« リボンとレースのアメリ | トップページ | 「八重の桜 前編」 »

コメント

中学生の時に「枕草子」が好きになって、すっかり定子ファンになったので、長らく道長のことを快く思っていませんでした(笑)清少納言の書く定子も伊周も魅力的ですものねえ。
でも、オトナになると、道長っていいなあと思うようになりました。きっと、内裏ではモテモテだったでしょうねえ。

marieさん、
「枕草子」を読んだら、やっぱり定子ファンになりますよねー!
伊周はハンサムだし♪
道長は野心家ってイメージあるし~。
でも意図的に他を出し抜いたってほどの悪役ではなかったのかもしれません。これも解釈によるんだけど。
当時の基準で真面目にやってただけ?
奇矯なところがないまともな男だったのかも。

彰子という人は長く生きて子供が一人だけでなく天皇になり、道長以上に幸福だったように思いますねconfident

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/145558/57207275

この記事へのトラックバック一覧です: 「この世をば」:

« リボンとレースのアメリ | トップページ | 「八重の桜 前編」 »

2018年8月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

カテゴリー

無料ブログはココログ

最近のトラックバック