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「恋するジョゼフィーヌ」

ジャック・ジャンサン「恋するジョゼフィーヌ―ナポレオンとの愛」中央公論社

皇帝ナポレオンの皇后となったジョゼフィーヌの評伝。
優美で色っぽく、社交界の夫人としては成功したものの…?
年下で貧相なナポレオンの熱烈プロポーズに押し切られるように結婚しましたが…

育ったのは、マルティニック島というフランス本国からは遙か離れた土地。
本名はマリ・ジョゼフ・ローズ・タシェ・ド・ラ・パジュリ。
家は貴族ではありましたが、裕福ではなく、ろくな教育も受けていない。
最初の結婚は、父の妹デジレがボアルネ侯爵の愛人だったため、取り持ってくれたのでした。
40年も愛人だったのちに正式に結婚している安定した仲だったのです。

夫のアレクサンドル・ド・ボアルネ子爵は、18歳。
当時の慣習として、結婚に愛がいるなどとは思わず、後見が解かれると思って承諾したとか。
年上の社交夫人に魅了されていたので、ぽっと出の田舎娘に不満を覚え、やかましく教育しようとします。
二人の子をもうけるのですが、うぶで夫に優しくされたいと思い、愛人に嫉妬する妻は疎まれてしまう。

離婚して修道院に入ることになりましたが、これは尼になるわけではないんですね。
夫と上手くいかなかった多くの女性が、ここでけっこう気ままに暮らしていて、それなりの社交サークルができあがっていました。
ここで、後のジョゼフィーヌ(ナポレオンが付けた名前)は、洗練されていきます。

ボアルネ子爵は、貴族といってもごく身分は低い。
革命初期には参加して意外な活躍をしましたが、それがあだとなって後には断頭台へ。
ジョゼフィーヌも1年半も投獄されて、苦労したようです。ロベスピエールの失脚によって、釈放されることに。

ものすごい美人というわけではなかったそうですが、とても優美で柔らかい物腰、誰にでも親切で愛想が良く、善良と評価されています。
その人柄で、国民にも人気が高かったんですね。
恋多き女だったのは確かですが、言い寄られればすぐ身を任せたような言われようなのは…ナポレオンの政敵に悪い噂を流されたせいもあるそう。

おしゃれで、美しい物が大好きで、金銭感覚が無く、借金だらけ。
ナポレオンが結婚直後に遠征に行かなければならず、何度も遠征先に来るように呼びかけるがなかなか腰をあげない。
熱烈な手紙は、ちょっと感動的。
この勢いで、破竹の進撃をしていたのね…

ジョゼフィーヌの方は、胸を打たれるよりもドン引きしていたのかも?
連れ子のウジェーヌは学校を出て軍に加わり、ナポレオンに可愛がられたとか。
ジョゼフィーヌの方はパリにいる方がずっと楽しくて、イタリアに行くのは島流しにされるように悲しかったらしい。
体調不良での延期もあり、これは口実だけでなく、いつかはっきりしないが流産した可能性もあるそう。

イタリアでは英雄の妻として歓迎を受け、味をしめてこの後、贅沢に。
夫の部下で旅行に付き添った若いシャルルと浮気していたとは、驚き。
いつから始まったのかは不明ですが、これがばれて帰国後に大騒動に。閉め出されて子供らと戸を叩き、夫と仲直りはしましたが、次第に夫婦仲には陰りが見え始めます。

ナポレオンの家族には、意地悪く観察される。
そして、出世したナポレオンの方が、浮気し放題になってゆくのでした。
筆者は、浮気っぽい美女が好きなのか?人格的な欠陥にも魅力を覚えているようで、ジョゼフィーヌが落ち着いてきたら、そこで終わり。
皇后になる前の話がほとんどですが、その性格形成は興味深い所でした。

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