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雛祭りの話

この1年ぐらい、あちこちで聞きかじった知識をちょっとまとめておきます。
節句というのは、もともと中国から来た風習。
3月3日、5月5日のように数字が重なる日に、厄払いのためにお供えをするもので、昔は節供と書いたそうです。

3月が女の子のためのお節句になったのはだいぶ後のことのようですね。
5月5日は昔は働く大人(それもむしろ女性)のための祝日だったそうです。

厄払いのために紙の人型を川に流すという習慣が出来、それがやがてお守りとして身近に人形を置くというふうになりました。
それから女の子のお節句になっていったんでしょうね…(これは推測です)
お人形を飾るようになったのは江戸時代から。
一説には、徳川秀忠の娘で天皇家に嫁いだ東福門院が我が子のために作らせたお人形が始まりともされています。
東福門院という方は持参金でずいぶん豪華な着物などを注文し、それは自分のためばかりじゃなく色々な人に配ったので(ここはNHKの「知るを楽しむ」によります)江戸と京都をつなぐ政治的な役割も果たしたらしいですよ。
庶民も雛人形を飾るようになったのは江戸時代の中頃からだそうです。

典型的な雛人形は平安時代の衣装を着ていますよね。
過去への郷愁から広まったという説明もどこかで読みました。
現代の私たちにとってはそうかも知れません。
日本独自の振袖のついた着物という形が出来た時代の、一番豪華な姿ですからね。
東福門院の頃に流行り始めたのであれば、公家の自分たちがしている格好だったということになりますね。

お雛様はみんな赤い袴を穿いています。
これは皇室では既婚女性が着る物で、身分が高いほど鮮やかな色になるとか。
結婚式の時までは紫の袴で、披露宴で初めて赤い袴になるんだそうです。
雛壇の親王飾りって披露宴の姿なんですね~。

江戸時代には贅沢禁止令が何度も出て、雛飾りも豪華な物が禁じられました。
そこで小さな人形や家具などを作って一見した所は質素らしく見せ、実はかえって作るのも大変で手が込んでいるというものになったそうです。
日本のフィギュアがそうやって進化したんですね!

壇の上に飾るお雛様は女の子を守ってくれる神様なので、原則としては女の子一人につき一組というのが基本だとテレビで職人さんが話していました。
だから顔立ちは男っぽいとか女っぽいとかではなく、清らかな仏像のようなものだそうです。
作る人がそういう気持ちだから、お雛様ってみんないい顔をしているのでしょうね。

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